元亨釋書卷二、万葉集試訳

■元亨釋書卷二 傳智、慧解
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万葉集試訳

3844 嗤咲黑色歌一首
 烏玉之 斐太乃大黑 每見 巨勢乃小黑之 所念可聞
 烏玉(ぬばたま)の 斐太大黑(ひだのおほぐろ) 見(み)る每(ごと)に 巨勢小黑(こせのをぐろ)し 思(おも)ほゆるかも
 漆黑烏玉兮 巨勢斐太大黑男 每每見之者 自然憶起上心頭 巨勢豐人小黑男
土師水通 3844

「烏玉(ぬばたま)の」,黑之枕詞。
「斐太大黑(ひだのおほぐろ)」、「巨勢小黑(こせのをぐろ)し」,巨勢斐太與巨勢豐人,皮膚並黑,而斐太體型碩大,故土師水通以大黑、小黑戲稱之。

3845 答歌一首 【承前。】
 造駒 土師乃志婢麻呂 白久有者 諾欲將有 其黑色乎
 駒造(こまつく)る 土師志婢麻呂(はじのしびまろ) 白(しろ)くあれば 宜欲(うべほ)しからむ 其黑色(そのくろいろ)を
 世造土駒兮 土師志婢麻呂矣 以汝色白者 自然稱羨有所望 巨勢斐太彼色黑
巨勢豐人 3845

 右歌者,傳云:「有大舍人土師宿禰水通,字曰志婢麻呂也。於時,大舍人巨勢朝臣豐人,字曰正月麻呂,與巨勢斐太朝臣,【名字忘之也。嶋村大夫之男也。】兩人,並此彼皃黑色焉。於是,土師宿禰水通作斯歌嗤咲者,而巨勢朝臣豐人聞之,即作和歌酬咲也。」

「駒造(こまつく)る」,用以修飾土師之即興枕詞。土師氏古以造土馬等埴輪為業。
「土師志婢麻呂」,土師水通之字。
「其黑色(そのくろいろ)を」,「其(その)」為遠稱,指示巨勢斐太。雖然巨勢豐人皮膚亦黑,於茲刻意不論自身,徑言他人。
巨勢斐太朝臣,蓋名島村。

3846 戲嗤僧歌一首
 法師等之 鬢乃剃杭 馬繫 痛勿引曾 僧半甘
 法師等(ほふしら)が 鬢剃杭(ひげのそりくひ) 馬繫(うまつなぎ) 甚勿引(いたくなひ)きそ 僧(ほふし)は泣(な)かむ
 僧人法師等 剃鬢餘杭鬍渣上 莫以繫馬而 強引拖曳牽扯矣 比丘當痛而泣也
佚名 3846

「鬢剃杭(ひげのそりくひ)」,「剃杭(そりくひ)」指薙草後遺留之殘株。此云和尚剃鬍後之殘渣。按『日歐文化比較』,東方人之鬍鬚較不旺盛,日本僧侶約四日一度剃鬍。
「僧(ほふし)は泣(な)かむ」,原文「僧半甘」難解,姑且訓作「ほふしはなかむ」。
諧謔之曲。

3847 法師報歌一首 【承前。】
 檀越也 然勿言 五十戶長我 課役徵者 汝毛半甘
 壇越(だにをち)や 然(しか)も勿言(ない)ひそ 里長(さとをさ)が 課役徵(えだちはた)らば 汝(いまし)も泣(な)かむ
 施主檀越也 還願勿言然如此 若是五十戶 里長來徵課役者 汝亦不甘而泣也
僧 3847

「壇越(だにをち)」,梵語「dānapati」之音譯。為佛布施財物者,施主。
「里長(さとをさ)」,原文「五十戶長」。戶令云:「以五十戶為里,每里置長一人。【掌,檢校戶口、課殖農桑、禁察非違、催驅賦役。】」
「課役徵(えだちはた)らば」,僧侶不在課役對象之內,故以此言語報復俗人。

3848 夢裏作歌一首
 荒城田乃 子師田乃稻乎 倉爾舉藏而 阿奈干稻干稻志 吾戀良久者
 荒城田(あらきた)の 鹿豬田稻(ししだのいね)を 倉(くら)に上(あ)げて あな妒恨(ひねひね)し 我(あ)が戀(こ)ふらくは
 新墾荒城田 鹿豬荒食彼田稻 上納高倉而 妍哉干稻甚妒恨 黯然消魂此戀也
忌部黑麻呂 3848

 右歌一首,忌部首黑麻呂夢裏作此戀歌贈友。覺而令誦習,如前。

「荒城田(あらきた)の」,開墾不久之田。
「鹿豬田(ししだ)」,為野獸荒食之田。山田遠離人里,則亦蒙獸害。
「倉(くら)に上(あ)げて」,將收穫之稻穀上納穀倉。古時穀倉採高床式建築以避免鼠害、蟲害。以上借「干稻(ひねひね)」雙關「妒恨(ひねひね)」之序。
「夢裏作此戀歌贈友。覺而令誦習如前。」此云夢見自身作曲贈友,醒悟之後,現實友人竟知此曲。奇談之疇。

3849 猒世間無常歌二首
 生死之 二海乎 猒見 潮干乃山乎 之努比鶴鴨
 生死(いきしに)の 二海(ふたつのうみ)を 厭(いと)はしみ 潮干山(しほひのやま)を 偲(しの)ひつるかも
 生死去來之 輪迴無盡二海矣 吾厭世無常 心念退潮涅槃山 願至彼岸淨土也
佚名 3849

「生死(いきしに)の 二海(ふたつのうみ)」,生死之大海,比喻人類無限迷惘之海。生死乃輪迴轉生,無限痛苦之世界。
「潮干山(しほひのやま)を」,以漲退潮比喻生死。涅槃,超越該世界之彼岸淨土。

3850 【承前。】
 世間之 繁借廬爾 住住而 將至國之 多附不知聞
 世間(よのなか)の 繁刈廬(しげきかりほ)に 住住(すみす)みて 至(いた)らむ國(くに)の 方便知(たづきし)らずも
 常住在空蟬 煩憂苅廬此世間 三界如火宅 雖然欲往常世國 茫然無措不知方
佚名 3850

 右歌二首,河原寺之佛堂裏,在倭琴面之。

「世間(よのなか)の」,佛語,迷惘世界之中心。
「繁刈廬(しげきかりほ)」,煩惱眾多之暫居處所。
「住住(すみす)みて」,常住。
「至(いた)らむ國(くに)の」,死後將前往之世界。
「方便知(たづきし)らずも」,「方便(たづき)」乃方法。

3851 【無常歌二首。】
 心乎之 無何有乃鄉爾 置而有者 藐狐射能山乎 見末久知香谿務
 心(こころ)をし 無何有鄉(むがうのさと)に 置(お)きてあらば 藐孤射山(はこやのやま)を 見(み)まく近(ちか)けむ
 若能置此心 在於無欲復無念 無何有鄉者 神人所居藐姑射 仙山不遠可近觀
佚名 3851

 右歌一首。

「無何有鄉(むがうのさと)」,虛無自然之世界,見於『莊子』逍遙遊篇、應帝王篇。安住於無心無慾之心境之比喻。
「藐孤射山(はこやのやま)」,即傳聞神人所居之藐姑射山。傳再北海海中,見於『莊子』逍遙遊篇。

3852 【承前。】
 鯨魚取 海哉死為流 山哉死為流 死許曾 海者潮干而 山者枯為禮
 鯨魚取(いさなと)り 海(うみ)や死(し)にする 山(やま)や死(し)にする 死(し)ぬれこそ 海(うみ)は潮干(しほひ)て 山(やま)は枯(か)れすれ
 鯨魚獵取兮 此身當滅在海哉 抑或當喪於山哉 在吾離世後 大海乾涸潮水盡 青山枯萎萬葉凋
佚名 3852

 右歌一首。

「鯨魚取(いさなと)り」,「海(うみ)」之枕詞。
「海(うみ)や死(し)にする」,反語疑問。
「死(し)ぬれこそ」,與「死(し)ぬればこそ」同。
講述世上無常,沒有永久不變之事物。詠嘆虛無思想之旋頭歌。

万葉集試訳 #萬葉集

新訂古事記、万葉集試訳

■新訂古事記、中国語訳リニューアル完成
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新訂古事記巻下、新訳完成
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万葉集試訳

3823 决曰 【承前。】
 橘之 光有長屋爾 吾率宿之 宇奈為放爾 髮舉都良武香
 橘(たちばな)の 照(て)れる長屋(ながや)に 我(わ)が率寢(ゐね)し 童女放髮(うなゐはなり)に 髮上(かみあ)げつらむか
 非時香菓兮 橘實所映長屋間 吾之所率寢 稚嫩童女披髮者 已然及笄結綰哉
椎野連長 3823

「决」,批判而下決定。修改前曲。
「橘(たちばな)の 照(て)れる長屋(ながや)に」,附近橘實成熟煥發之長屋。

3824 長忌寸意吉麻呂歌八首 【八首第一。】
 刺名倍爾 湯和可世子等 櫟津乃 檜橋從來許武 狐爾安牟佐武
 銚鍋(さすなべ)に 湯沸(ゆわ)かせ子等(こども) 櫟津(いちひつ)の 檜橋(ひばし)より來(こ)む 狐(きつね)に浴(あ)むさむ
 今以銚鍋而 煮水沸湯子等矣 自櫟津檜橋之 狐聲來鳴音可聞 去來令其浴之哉
長意吉麻呂 3824
 右一首,傳云:「一時眾集宴飲也。於時夜漏三更,所聞狐聲。爾乃眾諸誘奧麻呂曰:『關此饌具、雜器、狐聲、河橋等物,但作歌。』者。即應聲作此歌也。」

「銚鍋(さすなべ)に」,設有注湯口之鍋子。『和名抄』云「銚子,さしなへ,俗云さすなへ。」饌具。
「櫟津(いちひつ)の」,大和郡山櫟津一帶。「櫟津(いちひつ)」中藏有「ひつ」之音為雜器「櫃(ひつ)」。
「檜橋(ひばし)より來(こ)む」,「來(こ)む」表狐鳴「こん」。
「浴(あ)むさむ」,「浴(あ)むす」乃「浴(あ)びせる」之意。

3825 詠行騰、蔓菁、食薦、屋樑歌 【承前,八首第二。】
 食薦敷 蔓菁煑將來 樑爾 行騰懸而 息此公
 食薦敷(すごもし)き 蔓菁煮持來(あをなにもちこ) 樑(うつはり)に 行騰懸(むかばきか)けて 休(やす)む此君(このきみ)
 張設敷食薦 烹煮蔓菁以持來 至於在梁間 懸掛行騰以休憩 遠方來客此君許
長意吉麻呂 3825

「持來(もちこ)」,命令型,指示家僕招待客人。
「休(やす)む此君(このきみ)」,「此君(このきみ)」於茲指來客。

3826 詠荷葉歌 【承前,八首第三。】
 蓮葉者 如是許曾有物 意吉麻呂之 家在物者 宇毛乃葉爾有之
 蓮葉(はちすば)は 如是(かく)こそある物(もの) 意吉麻呂(おきまろ)が 家(いへ)なる物(もの)は 芋葉(うものは)に有(あ)らし
 所謂蓮葉者 其狀應當如是哉 意吉麻呂之 家中用以代皿者 蓋是里芋葉也矣
長意吉麻呂 3826

「如是(かく)こそある物(もの)」,蓋是見到用以暫代大皿之蓮葉所云。或為觀蓮之席所詠。
「芋葉(うものは)に有(あ)らし」,「芋(うも)」乃「芋(いも)」之古形。此芋之葉,形似蓮葉

3827 詠雙六頭歌 【承前,八首第四。】
 一二之目 耳不有 五六三 四佐倍有來 雙六乃佐叡
 一二(いちに)の目(め) のみには非(あら)ず 五六三(ごろくさむ) 四(し)さへ有(あ)けり 雙六(すぐろく)の頭(さえ)
 其目如何哉 賽子非僅一與二 既有五六三 除此四者亦有之 如是雙六之采矣
長意吉麻呂 3827

「雙六(すぐろく)の頭(さえ)」,通常雙六所用之骰子,一之背面為六,二為五,三為四。而大阪藤井寺挾山出土者,有一六、三五、二四之組合。未詳本歌所詠者為何。

3828 詠香、塔、厠、屎、鮒、奴歌 【承前,八首第五。】
香塗流 塔爾莫依 川隈乃 屎鮒喫有 痛女奴
 香塗(かうぬ)れる 塔(たふ)に莫寄(なよ)りそ 川隈(かはくま)の 屎鮒食(くそふなは)める 甚(いた)き女奴(めやつこ)
 切莫近香末 所塗齋潔小塔矣 今喫川隈間 生息屎鮒葷食之 鄙俗難耐女奴矣
長意吉麻呂 3828

「香塗(かうぬ)れる 塔(たふ)」,塗以香末之小塔。
「屎鮒(くそふな)」,生息茅廁旁之鮒,以食人屎而被視為汙穢之物。
「甚(いた)き女奴(めやつこ)」,「甚(いた)き」為難以忍耐,「女奴(めやつこ)」為女奴、女婢。

3829 詠酢醬、蒜、鯛、水蔥歌 【承前,八首第六。】
 醬酢爾 蒜都伎合而 鯛願 吾爾勿所見 水蔥乃煮物
 醬酢(ひしほす)に 蒜搗合(ひるつきか)てて 鯛願(たひねが)ふ 我(われ)に勿見(なみ)えそ 水蔥羹(なぎのあつもの)
 冀食醬酢間 搗合蔥蒜所調味 料理之鯛也 所謂貧酸水蔥羹 莫令我身見之矣
長意吉麻呂 3829

「醬酢(ひしほす)」,混合醬、酢之調味料。於當時屬高級品。
「蒜搗合(ひるつきか)て」,搗碎蒜末而混合。
「我(われ)に勿見(なみ)えそ」,切莫出現在作者舉目可及的範圍內。
「水蔥羹(なぎのあつもの)」,廉價難吃的水蔥羹。

3830 詠玉掃、鎌、天木香、棗歌 【承前,八首第七。】
 玉掃 苅來鎌麻呂 室乃樹 與棗本 可吉將掃為
 玉箒(たまばはき) 刈來鎌麻呂(かりこかままろ) 杜松木(むろのき)と 棗(つめ)が本(もと)と 搔掃(かきは)かむ為(ため)
 速將玉掃箒 苅而持來鎌麻呂 奉為杜松木 復為棗木之樹下 丁寧搔掃所以也
長意吉麻呂 3830

「鎌麻呂(かままろ)」,自題名即興創作之人名,擬為從者。

3831 詠白鷺啄木飛歌 【承前,八首第八。】
 池神 力土儛可母 白鷺乃 桙啄持而 飛渡良武
 池神(いけがみ)の 力士舞(りきじまひ)かも 白鷺(しらさぎ)の 桙啄持(ほこくひも)ちて 飛渡(とびわた)るらむ
 此蓋池神之 技樂力士舞也哉 優美白鷺之 啄持桙枝猶執戟 翩然飛渡儛狀者
長意吉麻呂 3831

「池神(いけがみ)」,蓋為地名,所在未詳。
「力士舞(りきじまひ)かも」,力士舞乃技樂演目之一。力士為從者,執戟而舞。正倉院藏有力士面與戟。

3832 忌部首詠數種物歌一首 【名忘失也。】
 枳 蕀原苅除曾氣 倉將立 屎遠麻禮 櫛造刀自
 枳(からたち)の 茨刈除(うばらかりそ)け 倉建(くらた)てむ 屎遠放(くそとほくま)れ 櫛造(くしつく)る刀自(とじ)
 今為蜜柑枳 除去茨棘摘其刺 將築穀倉矣 放屎之疇當遠去 噫乎造櫛刀自矣
忌部首 3832

「枳(からたち)」,蜜柑科落葉低木,有刺,常植於垣旁。
「茨(うばら)」,有刺植物之總稱。
「倉(くら)」,穀倉。有別於存放武器、車輛之庫,與儲財之藏。
「屎遠放(くそとほくま)れ」,「屎放(くそま)れ」為排泄之意。
「刀自(とじ)」,對女性之呼稱。此為諷刺身分卑賤之女性而稱之。

3833 境部王詠數種物歌一首 【穗積親王之子也。】
 虎爾乘 古屋乎越而 青淵爾 鮫龍取將來 劒刀毛我

 虎(とら)に乘(の)り 古屋(ふるや)を越(こ)えて 青淵(あをふち)に 蛟龍捕來(みつちとりこ)む 劍太刀欲得(つるぎたちもが)
 騎虎越古屋 橫跨凶宅離人里 青淵碧潭間 欲得可捕蛟龍來 稜威韴靈劍太刀
境部王 3833

「虎(とら)」,與下文「蛟龍(みつち)」呈現青龍、白虎之對。
「古屋(ふるや)」,古舊之家屋,或有蘊含凶宅之意。
「青淵(あをふち)」,遊仙窟書「碧潭」。
「蛟龍(みつち)」,形似龍之神話生物,『一切經音義』云「似蛇而四腳,頸有白嬰。」
「捕來(みつちとりこ)む」,攜行(太刀)捕獲(蛟龍)而來。
或云讚詠象眼上施有青龍白虎紋樣之刀劍之曲。

3834 作主未詳歌一首
 成棗 寸參二粟嗣 延田葛乃 後毛將相跡 葵花咲
 梨棗(なしなつめ) 黍(きみ)に粟次(あはつ)ぎ 延葛(はふくず)の 後(のち)も逢(あ)はむと 葵花咲(あふひはなさ)く
 梨棗續黍粟 早離之後欲逢君 延葛之所如 誓言其後必相逢 葵花綻放約期日
佚名 3834

「梨棗(なしなつめ)」,「梨棗」為「離早」之暗喻,按『遊仙窟』有「相知不在棗(早)。」「不忍分梨(離)」等語。
「黍(きみ)に粟次(あはつ)ぎ」,「黍(きみ)」、「粟(あは)」別與「君(きみ)」、「逢(あは)」雙關。
「延葛(はふくず)の」,「後(のち)も逢(あ)はむ」之枕詞。
「葵花咲(あふひはなさ)く」,「葵(あふひ)」比喻「逢日(あふひ)」。

3835 獻新田部親王歌一首 【未詳。】
 勝間田之 池者我知 蓮無 然言君之 鬢無如之
 勝間田(かつまた)の 池(いけ)は我知(われし)る 蓮無(はちすな)し 然言(しかい)ふ君(きみ)が 鬢無(ひげな)き如(ごと)し
寧樂京域內 勝間田池吾知甚 蓮花未嘗在 然君所謂灼灼者 洽猶汝之無鬢矣
婦人 3835

 右,或有人,聞之曰:「新田部親王出遊于堵裏。御見勝間田之池,感緒御心之中。還自彼池,不忍怜愛。於時,語婦人曰:『今日遊行,見勝間田池。水影濤濤,蓮花灼灼,可怜斷腸,不可得言。』爾乃婦人作此戲歌,專輙吟詠也。」

「蓮無(はちすな)し」,無蓮。此歌,雖知勝間田之池有蓮,卻刻意說其無蓮。新田部親王蓋以「蓮」、「戀」雙關,而婦人作此戲歌。
「鬢無(ひげな)き如(ごと)し」,勝間田池無蓮,就如說新田部親王無鬢一般。或云,新田部親王留濃鬢,刻意說反話以戲笑。

3836 謗佞人歌一首
 奈良山乃 兒手柏之 兩面爾 左毛右毛 佞人之友
 奈良山(ならやま)の 兒手柏(このてかしは)の 兩面(ふたおも)に 左右(かにもかくに)も 佞人(ねちけひと)が伴(とも)
 吾度其人者 正如奈良山所生 兩面兒手柏 八面玲瓏善巧言 令色佞人之徒也
消奈行文 3836

 右歌一首,博士消奈行文大夫作之。

「兒手柏(このてかしは)」,檜木科常綠小高木,側柏。
「左右(かにもかくに)も」,此方彼方,無論對於何處。
「佞人(ねちけひと)が伴(とも)」,八面玲瓏之奸佞之徒。

3837 【兵衛關荷葉作歌。】
 久堅之 雨毛落奴可 蓮荷爾 渟在水乃 玉似有將見
 久方(ひさかた)の 雨(あめ)も降(ふ)らぬか 蓮葉(はちすば)に 溜(たま)まれる水(みづ)の 玉(たま)に似(に)たる見(み)む
 遙遙久方兮 天雨甘霖可降哉 蓮荷青葉上 所溜水珠恰似玉 冀見彼玲瓏狀矣
右兵衛 3837

 右歌一首,傳云:「有右兵衛,【姓名未詳。】多能歌作之藝也。于時府家備設酒食,饗宴府官人等。於是饌食盛之,皆用荷葉。諸人酒酣,歌儛駱驛。乃誘兵衛云:『關其荷葉,而作歌者。』登時應聲作斯歌也。」

「雨(あめ)も降(ふ)らぬか」,「ぬか」表希求。
「玉(たま)に似(に)たる見(み)む」,底本原文「玉似將有見」,此依『萬葉代匠記』校為「玉似有將見」。

3838 無心所著歌二首
 吾妹兒之 額爾生流 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡
 我妹子(わぎもこ)が 額(ひたひ)に生(お)ふる 雙六(すぐろく)の 牡牛(ことひのうし)の 鞍上瘡(くらのうへのかさ)
 愛也吾妹妻 於其額上之所生 博奕雙六盤 事負頭大牡牛背 荷鞍之上腫瘡矣
安倍子祖父 3838

「牡牛(ことひのうし)の」,壯碩之雄牛,『和名抄』云「頭大牛也」。
「鞍上瘡(くらのうへのかさ)」,鞍乃牛之荷鞍,形似馬之乘鞍而稍小。預防擦傷之用。
無心所著歌,並列無關詞句所成之曲。

3839 【承前。】
 吾兄子之 犢鼻爾為流 都夫禮石之 吉野乃山爾 冰魚曾懸有【懸,有反云,佐我禮流。】
 我(わ)が背子(せこ)が 犢鼻(たふさき)にする 圓石(つぶれいし)の 吉野山(よしののやま)に 冰魚(ひを)そ懸(さが)れる【懸有(さがれる)、反云(かへしていふ)、さがれる(佐我禮流)。】
 愛也吾夫子 以之作為犢鼻褌 圓石潰礫之 芳野吉野山之間 小鮎冰魚懸下矣
安倍子祖父 3839

 右歌者,舍人親王令侍座曰:「或有作無所由之歌人者,賜以錢帛。」于時大舍人安倍朝臣子祖父乃作斯歌獻上。登時以所募物錢二千文給之也。

「犢鼻(たふさき)」,此云犢鼻褌。
「圓石(つぶれいし)」,磨耗尖角之石。『名義抄』云「礫,つぶれいし。」
「冰魚(ひを)」,琵琶湖之鮎屬陸封魚,成魚之體型亦不大。其稚魚稱冰魚。

3840 池田朝臣嗤大神朝臣奧守歌一首 【池田朝臣名忘失也。】
 寺寺之 女餓鬼申久 大神乃 男餓鬼被給而 其子將播
 寺寺(てらてら)の 女餓鬼申(めがきまを)さく 大神(おほかみ)の 男餓鬼賜(をがきたば)りて 其子孕(そのこはら)まむ
 寺寺女餓鬼 祈向神佛申如是 願賜大神之 瘦瘠男餓鬼與我 望孕其子以將播
池田真枚 3840

「女餓鬼申(めがきまを)さく」,「女餓鬼(めがき)」乃女性之餓鬼,蓋餘刻畫在寺廟木板上者。「申(まを)さく」之對象為佛。
「大神(おほかみ)の 男餓鬼賜(をがきたば)りて」,此為諧謔大神奧守身姿瘦弱,宛如餓鬼。
「孕(はら)まむ」,原文「將播」,其訓有諸說。尼崎本以降作「孕(はら)まむ」。

3841 大神朝臣奧守報嗤歌一首
 佛造 真朱不足者 水渟 池田乃阿曾我 鼻上乎穿禮
 佛造(ほとけつく)る 真朱足(まそほた)らずは 水溜(みづたま)る 池田朝臣(いけだのあそ)が 鼻上(はなのうへ)を掘(ほ)れ
 若用以造佛 硃砂之疇不足者 水溜渟潦兮 池田朝臣赤鼻上 可以掘之充御料
大神奧守 3841

「佛造(ぶつつく)る」,奉造金銅佛像。「佛(ぶつ)」於茲音讀,按『日葡辭典』,「佛,But,偶像。」
「真朱足(まそほた)らずは」,「真朱(まそほ)」乃辰砂。硫化汞。
「水溜(みづたま)る」,用以修飾「池田(いけだ)」之即興枕詞。
「池田朝臣(いけだのあそ)が」,「朝臣(あそ)」為對廷臣之親稱,或云池田朝臣真枚。
「鼻上(はなのうへ)を掘(ほ)れ」,辰砂露頭之丹生之地,將呈現顯著赤色。於茲揶揄池田朝臣鼻子透紅。

3842 或云 平群朝臣嗤歌一首
 小兒等 草者勿苅 八穗蓼乎 穗積乃阿曾我 腋草乎可禮
 童等(わらはども) 草(くさ)は勿刈(なか)りそ 八穗蓼(やほたで)を 穗積朝臣(ほづみのあそ)が 腋草(わきくさ)を刈(か)れ
 諸童小兒等 且慢勿苅庭間草 八穗盛蓼兮 穗積朝臣老人之 所生腋草可苅矣
平群廣成 3842

「童等(わらはども)」,呼喚正在薙草之童子之趣。
「八穗蓼(やほたで)を」,結滿豐穗之蓼,「穗積(ほづみ)」之枕詞。。
「穗積朝臣(ほづみのあそ)」,或云穗積老人。
「腋草(わきくさ)」,或云腋毛,或云腋臭。

3843 穗積朝臣和歌一首
 何所曾 真朱穿岳 薦疊 平群乃阿曾我 鼻上乎穿禮
 何所(いづく)にそ 真朱掘(まそほほ)る岡(をか) 薦疊(こもたたみ) 平群朝臣(へぐりのあそ)が 鼻上(はなのうへ)を掘(ほ)れ
 究竟在何處 可採真朱砂岡者 層層疊薦兮 平群朝臣廣成之 赤鼻可掘充御料
穗積老人 3843

「薦疊(こもたたみ)」,「平群(へぐり)」之枕詞。古事記中卷有「疊薦 平群山の」之語。 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kikirouei/krk01.htm#k0031

元亨釋書 卷一 並序 傳智、万葉集試訳

■元亨釋書 卷一 並序 傳智
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万葉集試訳

3804 昔者有壯士,新成婚禮也。未經幾時,忽為驛使,被遣遠境。公事有限,會期無日。於是娘子,感慟悽愴,沈臥疾𤻞。累年之後,壯士還來,覆命既了,乃詣相視。而娘子之姿容,疲羸甚異,言語哽咽。于時壯士,哀嘆流淚,裁歌口號。其歌一首
 如是耳爾 有家流物乎 豬名川之 奧乎深目而 吾念有來
 如是(かく)のみに 有(あり)ける物(もの)を 豬名川(ゐながは)の 奧(おき)を深(ふか)めて 我(わ)が思(も)へりける
 始料所未及 竟然疲羸如是爾 深邃豬名川 吾心方寸深奧處 相思不絕未嘗斷
壯士 3804

「如是(かく)のみに 有(あり)ける物(もの)を」,對方死去之時,或是自身變心離去之時之常套用語。此為後者。驚嘆於對方等待自己歸來,相貌竟劇變疲羸如此。
「豬名川(ゐながは)の」,「奧(おき)を深(ふか)めて」之枕詞。
「奧(おき)を深(ふか)めて」,發自內心深處。「奧(おき)」乃河川深邃之處。
類歌 0470、2964。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m03.htm#0470 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m12.htm#2964

3805 娘子臥聞夫君之歌,從枕舉頭,應聲和歌一首 【承前。】
 烏玉之 黑髮所沾而 沫雪之 零也來座 幾許戀者
 烏玉(ぬばたま)の 黑髮濡(くろかみぬ)れて 沫雪(あわゆき)の 降(ふ)るにや來坐(きま)す 幾許戀(ここだこ)ふれば
 漆黑烏玉兮 吳君黑髮漬濡濕 沫雪降紛紛 不辭天候來逢賜 戀慕幾許有驗哉
娘子 3805

 今案,此歌,其夫被使,既經累載。而當還時,雪落之冬也。因斯,娘子作此沫雪之句歟。

「降(ふ)るにや來坐(きま)す」,見到男子濕濡之黑髮,知道其冒雪而來,感動其深情。
「幾許戀(ここだこ)ふれば」,感到自己思念男子之心意有所傳達,男子遂得歸來。

3806 【壯士悚惕時贈夫歌。】
 事之有者 小泊瀨山乃 石城爾母 隱者共爾 莫思吾背
 事(こと)し有(あ)らば 小泊瀨山(をばつせやま)の 石城(いはき)にも 隱(こも)らば共(とも)に 莫思(なおも)ひそ我(わ)が背(せ)
 一朝有事者 小泊瀨山石城內 可以藏隱籠 依偎共度不相離 故莫臆度吾夫矣
娘子 3806

 右,傳云:「時有女子。不知父母,竊接壯士也。壯士悚惕其親呵嘖,稍有猶豫之意。因此,娘子裁作斯歌,贈與其夫也。」

「事(こと)し有(あ)らば」,此「事(こと)」乃遭到親人、周遭之反對。
「石城(いはき)にも 隱(こも)らば共(とも)に」,若因親人反對,則已做好籠居石城之覺悟。常陸風土記有「言痛けば 小泊瀨山の 石城にも 率籠もらなむ 勿戀ひそ我妹」之語。 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kikirouei/krf01.htm#01

3807 【葛城王不悅,采女捧觴詠歌。】
 安積香山 影副所見 山井之 淺心乎 吾念莫國
 安積山(あさかやま) 影(かげ)さへ見(み)ゆる 山井(やまのゐ)の 淺心(あさきこころ)を 我(わ)が思(おも)は無(な)くに
 安積山底下 山井淺映安積影 其井雖淺薄 妾思君念豈如之 今誓慕情邃不淺
采女 3807

 右歌,傳云:「葛城王遣于陸奧國之時,國司祇承,緩怠異甚。於時王意不悅,怒色顯面。雖設飲饌,不肯宴樂。於是,有前采女,風流娘子。左手捧觴,右手持水,擊之王膝,而詠此歌。爾乃王意解悅,樂飲終日。」

「影(かげ)さへ見(み)ゆる」,此表山間清水之明澄。
「山井(やまのゐ)の」,堰留自然湧泉之井所,以上乃「淺(あさ)き」之序。
古今集』假名序有云「安積山之辭,乃采女之所戲作,【葛城王橘諸兄出陸奧國時,國司怠慢,雖設宴筵,而王不快,采女遂取盃詠歌,是而其王方展笑顏。《安積山底下 山井淺映安積影 其井雖淺薄 妾思君念豈如之 今誓慕情邃不淺。》】此二歌者,猶歌之親,欲手習者,宜由此始。」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kokin/kanajo.htm#02

3808 【鄙人贊妻美皃。】
 墨江之 小集樂爾出而 寤爾毛 己妻尚乎 鏡登見津藻
 住吉(すみのえ)の 小集樂(をづめ)に出(いで)て 現(うつつ)にも 己妻(おのづま)すらを 鏡(かがみ)と見(み)つも
 今赴墨江之 住吉歌垣小集樂 雖然非幻夢 吾見結髮愛憐妻 猶觀尊爵無曇鏡
鄙人 3808

 右,傳云:「昔者鄙人,姓名未詳也。于時,鄉里男女,眾集野遊。是會集之中,有鄙人夫婦。其婦容姿端正,秀於眾諸。乃彼鄙人之意,彌增愛妻之情。而作斯歌,贊嘆美皃也。」

「小集樂(をづめ)に出(いで)て」,歌垣之意。「集樂(づめ)」本意為橋袂,多為舉行歌垣之地。
「己妻(おのづま)すらを」,明明是自己的妻子,連自身的妻子都..之意。
「鏡(かがみ)と見(み)つも」,當時對庶人而言,鏡是高級品而難以觀見。用以讚賞妻子的美貌。

3809 【娘子寵薄怨恨。】
 商變 領為跡之御法 有者許曾 吾下衣 反賜米
 商返(あきかへ)し 許(ゆる)せとの御法(みのり) 有(あ)らばこそ 我(あ)が下衣(したごろも) 返賜(かへしたま)はめ
 世若有御法 可許斷契返商者 寵薄情不再 返賜昔日妾所贈 寄物下衣亦可哉
娘子 3809

 右,傳云:「時有所幸娘子也,【姓名未詳。】寵薄之後,還賜寄物。【俗云,形見可多美。】於是娘子怨恨,聊作斯歌獻上。」

「商返(あきかへ)し」,解除買賣商品之契約而退貨之意。
「許(ゆる)せとの御法(みのり)」,原文「領為」乃許可之意。按『法曹至要抄』有云,在交易成立之後,不可任意違反契約退還貨品。
「我(あ)が下衣(したごろも)」,女性將貼身衣物贈與男子以為信物。
「返賜(かへしたま)はめ」,「こそ...め」乃婉曲要求對方之句法。
以商賈買賣之違約比喻男女關係,菲難男子移情別戀之曲。

3810 【娘子恨歌。】
 味飯乎 水爾釀成 吾待之 代者曾无 直爾之不有者
 味飯(うまいひ)を 水(みづ)に釀成(かみな)し 我(わ)が待(ま)ちし 甲斐(かひ)は嘗(かつ)て無(な)し 直(ただ)にし有(あ)らねば
 蒸煮甘飯而 釀成酒水為醴酒 妾望戀經年 無奈未嘗有所報 正身不來徒贈物
娘子 3810

 右,傳云:「昔有娘子也,相別其夫,望戀經年。爾時,夫君更取他妻,正身不來,徒贈裹物。因此,娘子作此恨歌,還酬之也。」

「味飯(うまいひ)を 水(みづ)に釀成(かみな)し」,「味飯(うまいひ)」乃蒸米以為美味之強飯。「水(みづ)に」指釀為液狀之酒水。古時以民酒以口嚙為主,而奈良時代以降則無論宮廷、民間皆以糀釀為主流。
「我(わ)が待(ま)ちし」,釀酒欲以招待來客,等待之意。
「望戀經年」,此「望」有「怨」之意,『名義抄』訓之「うらみ」。
「正身」,本人。

3811 戀夫君歌一首 【并短歌。】
 左耳通良布 君之三言等 玉梓乃 使毛不來者 憶病 吾身一曾 千磐破 神爾毛莫負 卜部座 龜毛莫燒曾 戀之久爾 痛吾身曾 伊知白苦 身爾染登保里 村肝乃 心碎而 將死命 爾波可爾成奴 今更 君可吾乎喚 足千根乃 母之御事歟 百不足 八十乃衢爾 夕占爾毛 卜爾毛曾問 應死吾之故
 小丹頰(さにつら)ふ 君(きみ)が御言(みこと)と 玉梓(たまづさ)の 使(つかひ)も來(こ)ねば 思病(おもひや)む 我(あ)が身隻(みひとつ)そ 千早振(ちはやぶ)る 神(かみ)にも勿負(なお)ほせ 卜部据(うらへす)ゑ 龜(かめ)も莫燒(なや)きそ 戀(こひ)しくに 痛(いた)き我(あ)が身(み)そ 灼然(いちしろ)く 身(み)に沁通(しみとほ)り 群肝(むらきも)の 心碎(こころくだ)けて 死(し)なむ命(いのち) 俄(にはか)に成(な)りぬ 今更(いまさら)に 君(きみ)か我(わ)を呼(よ)ぶ 垂乳根(たらちね)の 母命(ははのみこと)か 百足(ももた)らず 八十衢(やそのちまた)に 夕占(ゆふけ)にも 占(うら)にもそ問(と)ふ 死(し)ぬべき我(わ)が故(ゆゑ)
 容光紅顏兮 所傳吾君御言矣 玉梓華杖兮 信使之疇不復來 思惱病臥者 隻身痾疢唯妾矣 千早振稜威 勿負以為神之業 亦勿据卜部 莫燒龜甲寄占兆 不須問幽冥 哀毀戀苦我身也 灼然歷在目 思慕憂情沁此身 五臟六腑兮 情意汶亂此心碎 旦夕且死此命者 倏然俄逢彌留時 恍惚識朦朧 今更喚我是君哉 或為垂乳根 恩育此身母命哉 其數不足百 出立言靈八十衢 夕占求熒惑 妾身忐忑問占者 如風前燭我故矣
車持娘子 3811

「小丹頰(さにつら)ふ」,泛紅、容光煥發之狀。一般用於誇獎女性肌膚泛紅,此曲則指稱男性。
「君(きみ)が御言(みこと)と」,「と」指引用,信使表明所傳達者為主人之所述。
「玉梓(たまづさ)の」,「使(つかひ)」之枕詞。往古信使攜梓杖往來。
「千早振(ちはやぶ)る」,神之枕詞。神所擁有之神威。
「神(かみ)にも勿負(なお)ほせ」,切莫歸罪於神祇。
「卜部据(うらへす)ゑ」,卜部指專職占卜之人。
「龜(かめ)も莫燒(なや)きそ」,即便燒龜甲觀其裂痕為卜亦是無用的。指不須祈禱占卜探求病因。
「灼然(いちしろ)く」,歷然、鮮明。
「身(み)に沁通(しみとほ)り」,主詞為戀情。底本原文「身爾染保里」不通,依『萬葉代匠記』校為「身爾染登保里」。
「群肝(むらきも)の」,心之枕詞。
「今更(いまさら)に 君(きみ)か我(わ)を呼(よ)ぶ」,意識不清之時,可是夫君在呼喚?
垂乳根(たらちね)の」,母之枕詞。
「母命(ははのみこと)か」,命為尊稱。
「八十衢(やそのちまた)に」,四通八達之衢道,古俗以為黃昏之際,熒惑下凡化身童子、往來人洩漏天機。故立於衢道聽聞行人話語以為夕占。

3812 反歌 【承前,反歌。】
 卜部乎毛 八十乃衢毛 占雖問 君乎相見 多時不知毛
 卜部(うらへ)をも 八十衢(やそのちまた)も 占問(うらと)へど 君(きみ)を相見(あひみ)む 方便知(たどきし)らずも
 雖已問卜部 復立言靈八十衢 夕占求熒惑 然苦無方與君逢 哀切戀苦旦夕死
車持娘子 3812

「方便(たどき)」,方法、手段。

3814 贈歌一首
 真珠者 緒絕為爾伎登 聞之故爾 其緒復貫 吾玉爾將為
 白玉(しらたま)は 緒絕(をだ)えしにきと 聞(き)きし故(ゆゑ)に 其緒復貫(そのをまたぬ)き 我(わ)が玉(たま)に為(せ)む
 妍哉白玉之 真珠斷緒貫絕矣 吾人聞此故 欲得復貫其緒而 以為我玉珍惜也
壯士 3814

「白玉(しらたま)は 緒絕(をだ)えしにきと」,「白玉」為不可取代之珍貴事物。「緒絕(をだ)え」以珍珠斷緒比喻離婚。
「其緒復貫(そのをまたぬ)き」,希望重新再將珍珠串起,以為己物。比預想和已離婚的女子結婚。

3815 答歌一首 【承前,答歌。】
 白玉之 緒絕者信 雖然 其緒又貫 人持去家有
 白玉(しらたま)の 緒絕(をだ)えは誠(まこと) 然(しか)れども 其緒復貫(そのをまたぬ)き 人持去(ひともちい)にけり
 所謂白玉之 真珠斷緒誠然矣 然在此間爾 其緒已然復貫而 為人所有持去矣
娘子父母 3815

 右,傳云:「時有娘子,夫君見棄,改適他氏也。于時,或有壯士,不知改適,此歌贈遣,請誂於女之父母者。於是父母之意,壯士未聞委曲之旨,乃作彼歌報送,以顯改適之緣也。」

「緒絕(をだ)えは誠(まこと)」,壯士所聽聞離緣者,確有其事。
「其緒復貫(そのをまたぬ)き」,重複前曲。
「人持去(ひともちい)にけり」,暗示女子已改適他人。

3816 穗積親王御歌一首
 家爾有之 櫃爾鏁刺 藏而師 戀乃奴之 束見懸而
 家(いへ)に在(あり)し 櫃(ひつ)に鏁刺(かぎさ)し 藏(をさ)めてし 戀奴(こひのやつこ)が 束懸(つかみかか)りて
 雖已封印之 閉鏁深藏家中櫃 以為不復憂 豈知嗚呼此戀奴 又來束懸令人惱
穗積皇子 3816

 右歌一首,穗積親王宴飲之日,酒酣之時,好誦斯歌,以為恒賞也。

「櫃(ひつ)」,含蓋之木箱。用以收納種種物品。
「鏁(かぎ)」,鎖之俗字。
「戀奴(こひのやつこ)が」,將令自身痛苦之戀情擬人化。
「束懸(つかみかか)りて」,被抓握住。以下省略令人懊惱云云。

3817 【承前,河村王宴居彈琴誦歌。】
 可流羽須波 田廬乃毛等爾 吾兄子者 二布夫爾咲而 立麻為所見【田廬者,多夫世反。】
 唐臼(かるうす)は 田廬本(たぶせのもと)に 我(わ)が背子(せこ)は 囅然(にふぶ)に笑(ゑ)みて 立坐見(たちませりみ)ゆ【田廬者(たぶせとは)、タブセ反(多夫世かへし)。】
 搗穀唐臼者 沉沉鎮坐田廬畔 愛也吾夫子 囅然微笑喜顏開 立坐之狀今可見
河村王 3817

「唐臼(かるうす)」,「唐臼(からうす)」之音轉。
「田廬(たぶせ)」,田間小屋。
「反(かへし)」,此云訓音。

3818 【承前。】
 朝霞 香火屋之下乃 鳴川津 之努比管有常 將告兒毛欲得
 朝霞(あさかすみ) 鹿火屋(かひや)が下(した)の 鳴蛙(なくかはづ) 偲(しの)ひつつ在(あり)と 告(つ)げむ兒欲得(こもがも)
 朝霞瀰漫兮 鹿火田畑屋之下 鳴蛙之所如 欲得窈窕淑女之 相告仰慕者也矣
河村王 3818

 右歌二首,河村王宴居之時,彈琴而即先誦此歌,以為常行也。

「朝霞(あさかすみ)」,「鹿火屋(かひや)」之枕詞。或以蚊火之煙擬作朝霞。2265有「朝霞 鹿火屋が下に 鳴く蛙 聲だに聞かば 我戀ひめやも」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#2265
「鳴蛙(なくかはづ)」,「蛙(かはづ)」乃「蛙(かえる)」之雅語。以上藉讚美川蛙之鳴聲,引出下句「偲(しの)ひ」之序。
「告(つ)げむ兒欲得(こもがも)」,主語為女子。望有女子來告仰慕自身云云。

3819 【承前,小鯛王宴居取琴誦歌。】
 暮立之 雨打零者 春日野之 草花之末乃 白露於母保遊
 夕立(ゆふだち)の 雨打降(あめうちふ)れば 春日野(かすがの)の 尾花(をばな)が末(うれ)の 白露思(しらつゆおも)ほゆ
 每逢夕立之 驟雨倏降零落時 寧樂春日野 尾花末穗梢所置 晶瑩白露更所念
小鯛王 3819

「雨打降(あめうちふ)れば」,稍微驟降狀。
「尾花(をばな)が末(うれ)の」,「末(うれ)」為草木先端。
類歌2169「夕立ちの 雨打降れば 春日野の 尾花が上の 白露思ほゆ」。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#2169

3820 【承前。】
 夕附日 指哉河邊爾 構屋之 形乎宜美 諾所因來
 夕附日(ゆふづくひ) 射(さ)すや川邊(かはへ)に 作(つく)る屋(や)の 形(かた)を宜(よろ)しみ 宜寄(うべよ)そりけり
 黃昏夕暮時 落日餘暉映川邊 所作構屋矣 以其姿形吾所好 理宜不覺依來也
小鯛王 3820

 右歌二首,小鯛王宴居之日,取琴登時,必先吟詠此歌也。其小鯛王者,更名置始多久美斯人也。

「夕附日(ゆふづくひ)」,落日。
「射(さ)すや川邊(かはへ)に」,建於河邊之構屋。
「宜寄(うべよ)そりけり」,「宜」指合乎情理。

3821 兒部女王嗤歌一首
 美麗物 何所不飽矣 坂門等之 角乃布久禮爾 四具比相爾計六
 旨物(うましもの) 何所飽(いづくあ)かじを 坂門等(さかとら)が 角膨(つののふく)れに 染合(しぐひあ)ひにけむ
 窈窕美麗物 無論孰人未嘗厭 坂門秀娘子 何以不聽俊才誂 而適角氏醜男哉
兒部女王 3821
 右,時有娘子,姓尺度氏也。此娘子不聽高姓美人之所誂,應許下姓媿士之所誂也。於是兒部女王裁作此歌,嗤咲彼愚也。

「旨物(うましもの)」,美味、美好之物。
「何所飽(いづくあ)かじを」,「何所(いづく)」於此為不定人稱代名詞。
「坂門等(さかとら)が」,坂門為氏名,『新撰姓氏錄』有「坂戶物部氏」。左注「尺度」蓋河內國古市郡尺度鄉。此句之下隱藏「為何」之意。
「角膨(つののふく)れに」,「角(つの)」指紀氏同族之角氏。「膨(ふく)れ」為身材肥胖之醜男。
「染合(しぐひあ)ひにけむ」,「しぐひ」意未詳,當為男女交往、結婚之鄙俗表現。

3822 古歌曰
 橘 寺之長屋爾 吾率宿之 童女波奈理波 髮上都良武可
 橘(たちばな)の 寺長屋(てらのながや)に 我(わ)が率寢(ゐね)し 童女放髮(うなゐはなり)は 髮上(かみあ)げつらむか
 非時香菓兮 橘寺僧房長屋間 吾之所率寢 稚嫩童女披髮者 已然及笄結綰哉
椎野連長 3822

 右歌,椎野連長年脈曰:「夫寺家之屋者,不有俗人寢處,亦稱若冠女曰放髮丱矣。然則腹句已云放髮丱者,尾句不可重云著冠之辭哉。」

「長屋(ながや)」,長形建築物,此云僧尼起居之僧房。
童女放髮(うなゐはなり)は」,「童女(うなゐ)」即已少女之垂髮示其年齡之表現。『金光明最勝王經』云「被髮(うなゐ)。」
「髮上(かみあ)げ」,及笄。童女十四五歲後,結髮及笄。

真字萬葉集 卷十五 遣新羅使歌、中臣宅守與狹野弟上娘子贈答歌、万葉集試訳

■真字萬葉集 卷十五 遣新羅使歌、中臣宅守與狹野弟上娘子贈答歌
https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m15.htm




万葉集試訳

3788 或曰,昔有三男,同娉一女也。娘子嘆息曰:「一女之身,易滅如露;參雄之志,難平如石。」遂乃彷徨池上,沈沒水底。於時其壯士等,不勝哀頹之至,各陳所心,作歌三首 【娘子字曰縵兒也。】
 無耳之 池羊蹄恨之 吾妹兒之 來乍潛者 水波將涸 【一。】
 耳無(みみなし)の 池(いけ)し恨(うら)めし 我妹子(わぎもこ)が 來(き)つつ潛(かづ)かば 水(みづ)は涸(か)れなむ 【一(ひ)。】
 耳成山麓下 耳無池者令人怨 窈窕淑女之 嘆息來此沉潛時 汝何不令水涸哉
壯士 3786

「耳無(みみなし)の 池(いけ)」,耳成山麓之池。
「來(き)つつ潛(かづ)かば」,來此投水之時,將既定事實以假定表現之手法。
「水(みづ)は涸(か)れなむ」,「なむ」表示希求。如果耳成池在縵兒來此投水自殺之時得以枯涸就好了。反事實用法。

3789 【承前。】
 足曳之 山縵之兒 今日徃跡 吾爾告世婆 還來麻之乎 【二。】
 足引(あしひき)の 山縵兒(やまかづらのこ) 今日行(けふゆ)くと 我(われ)に告(つ)げせば 歸來坐(かへりきま)しを 【二(ふ)。】
 足曳勢險峻 嗚呼淑女山縵兒 今日赴泉路 若得事先告我者 可以早歸來止足
壯士 3789

「足引(あしひき)の」,山之枕詞。
「山縵兒(やまかづらのこ)」,此云縵兒。
「歸來坐(かへりきま)しを」,作者當時人在遠處,若早知縵兒將要自殺,或能早日回來阻止憾事。

3790 【承前。】
 足曳之 玉縵之兒 如今日 何隈乎 見管來爾監 【三。】
 足引(あしひき)の 玉縵兒(たまかづらのこ) 今日如(けふのごと) 何隈(いづれのくま)を 見(み)つつ來(き)にけむ 【三(み)。】
 足曳勢險峻 嗚呼淑女玉縵兒 汝蓋如吾今 踏遍道隈步崎路 尋來覓此葬身處
壯士 3790

「玉縵兒(たまかづらのこ)」,「玉縵」乃對於蔓性植物之美稱。而前句「足引(あしひき)の」多為「山」之枕詞,故本居宣長以為「玉」蓋「山」字之訛。但亦有承接前曲之可能。
「今日如(けふのごと)」,如作者今日踏遍崎嶇小路來此這般,想來縵兒當時也是步行道隈、曲角,尋來此死所吧。
「何隈(いづれのくま)を」,隈指道隈、道曲。縵兒徘徊探求死所之狀。

3791 昔有老翁,號曰竹取翁也。此翁,季春之月,登丘遠望。忽值煮羹之九箇女子也。百嬌無儔,花容無匹。于時娘子等,呼老翁嗤曰:「叔父來乎?吹此燭火也。」於是翁曰:「唯唯。」漸趍徐行,著接座上。良久,娘子等皆共含咲,相推讓之曰:「阿誰呼此翁哉?」爾乃竹取翁謝之曰:「非慮之外,偶逢神仙。迷惑之心,無敢所禁。近狎之罪,希贖以歌。」即作歌一首 【并短歌。】
 綠子之 若子蚊見庭 垂乳為 母所懷 褨襁 平生蚊見庭 結經方衣 冰津裏丹縫服 頸著之 童子蚊見庭 結幡之 袂著衣 服我矣 丹因 子等何四千庭 三名之綿 蚊黑為髮尾 信櫛持 於是蚊寸垂 取束 舉而裳纏見 解亂 童兒丹成見 羅丹津蚊經 色丹名著來 紫之 大綾之衣 墨江之 遠里小野之 真榛持 丹穗穗為衣丹 狛錦 紐丹縫著 刺部重部 波累服 打十八為 麻續兒等 蟻衣之 寶之子等蚊 打栲者 經而織布 日曝之 朝手作尾 信巾裳成者之寸丹取為支屋所經 稻寸丁女蚊 妻問迹 我丹所來為 彼方之 二綾裏沓 飛鳥 飛鳥壯蚊 霖禁 縫為黑沓 刺佩而 庭立住 退莫立 禁尾迹女蚊 髣髴聞而 我丹所來為 水縹 絹帶尾 引帶成 韓帶丹取為 海神之 殿盖丹 飛翔 為輕如來 腰細丹 取餝冰 真十鏡 取雙懸而 己蚊果 還冰見乍 春避而 野邊尾迴者 面白見 我矣思經蚊 狹野津鳥 來鳴翔經 秋僻而 山邊尾徃者 名津蚊為迹 我矣思經蚊 天雲裳 行田菜引 還立 路尾所來者 打冰刺 宮尾見名 刺竹之 舍人壯裳 忍經等冰 還等冰見乍 誰子其迹哉 所思而在 如是所為故為 古部 狹狹寸為我哉 端寸八為 今日八方子等丹 五十狹邇迹哉 所思而在 如是所為故為 古部之 賢人藻 後之世之 堅監將為迹 老人矣 送為車 持還來 【持還來】
 稚子(みどりこ)の 若子髮(わかごかみ)には 垂乳(たらち)し 母(はは)に抱(むだ)かえ 褨襁(ひむつき)の 平生髮(はふこがみ)には 木棉肩衣(ゆふかたぎぬ) 純裏(ひつら)に縫著(ぬひき) 頸付(うなつき)の 童髮(わらはかみ)には 纐纈(ゆひはた)の 袖付衣(そでつけごろも) 著(き)し我(われ)を 匂(にほ)ひよる 兒等(こら)が同輩(よち)には 蜷腸(みなのわた) 手黑(かぐろ)し髮(かみ)を 真櫛持(まくしも)ち 此處(ここ)に搔垂(かきた)れ 取束(とりつか)ね 上(あ)げても卷(ま)きみ 解亂(ときみだ)り 童(わらは)に成(な)しみ 羅丹付(さにつ)かふ 色懷(いろなつ)かしき 紫(むらさき)の 大綾衣(おほあやのきぬ) 住吉(すみのえ)の 遠里小野(とほさとをの)の 真榛持(まはりも)ち 匂(にほ)ほす衣(きぬ)に 高麗錦(こまにしき) 紐(ひも)に縫付(ぬひつ)け 刺部重部(未詳) 皆重著(なみかさねき)て 打麻(うちそ)やし 麻績子等(をみのこら) 在衣(ありきぬ)の 寶子等(たからのこら)が 打栲(うちたへ)は 綜(へ)て織布(おるぬの) 日曝(ひざら)しの 麻手作(あさてづく)りを 信巾裳成者之寸丹取為支屋所經(未詳) 稻置娘子(いなきをとめ)が 妻問(つまど)ふと 我(われ)に贈(おこ)せし 彼方(をちかた)の 二綾裏沓(ふたあやしたぐつ) 飛鳥(とぶとり)の 明日香壯士(あすかをとこ)が 長雨忌(ながめい)み 縫(ぬ)ひし黑沓(くろぐつ) 刺(さ)し履(はき)きて 庭(には)に立(た)たずめ 罷莫立(まかりなた)ち 禁娘子(いさめをとめ)が 髣髴聞(ほのき)きて 我(われ)に贈(おこ)せし 水縹(みなはだ)の 絹帶(きぬのおび)を 引帶為(ひきおびな)す 韓帶(からおび)に取(と)らし 海神(わたつみ)の 殿甍(とののいらか)に 飛翔(とびかけ)ける 蜾蠃如(すがるのごと)き 腰細(こしぼそ)に 取飾(とりかざ)らひ 真十鏡(まそかがみ) 取並懸(とりなめか)けて 己(おの)が顏(かほ) 返(かへ)らひ見(み)つつ 春去(はるさ)りて 野邊(のへ)を巡(めぐ)れば 面白(おもしろ)み 我(われ)を思(おも)へか 小野鳥(さのつとり) 來鳴翔(きなきかけ)らふ 秋去(あきさ)りて 山邊(やまへ)を行(ゆ)けば 懷(なつか)しと 我(われ)を思(おも)へか 天雲(あまくも)も 行棚引(ゆきたなび)く 歸立(かへりた)ち 道(みち)を來(く)れば 內日射(うちひさ)す 宮女(みやをみな) 刺竹(さすたけ)の 舍人壯士(とねりをとこ)も 忍(しの)ぶらひ 歸(かへ)らひ見(み)つつ 誰(た)が子(こ)そとや 思(おも)はえてある 如斯(かくのごと) 所為故為(未詳) 古(いにしへ) 華(ささ)きし我(われ)や 愛(は)しきやし 今日(けふ)やも兒等(こら)に 去來(いさ)にとや 思(おも)はえてある 如斯(かくのごと) 所為故為(未詳) 古(いにしへ)の 賢(さか)しき人(ひと)も 後世(のちのよ)の 鑑(かがみ)に為(せ)むと 老人(おいひと)を 送(おく)りし車(くるま) 持歸(もちかへ)りけり 【持歸(もちかへ)りけり。】
 襁褓稚子之 赤子柔髮時頃者 恩育垂乳兮 慈母手抱護懷間 褨襁付紐矣 幼兒平生髮頃時 則取木棉肩衣者 縫著純裏而服矣 頸付詰襟兮 弱冠少年童髮時 絞染纐纈之 付袖之衣襲此身 吾人曩如是 復與艷色徹 窈窕美人同輩時 蜷腸卷貝兮 青絲烏玉濡黑髮 手持真櫛而 於茲搔垂勤梳理 整纏取束而 卷上作髻正光儀 亦復解亂而 化身稚若童子狀 羅丹之所付 艷色顯目惹人羨 紫草所渲染 貴紫華美大綾衣 墨江住吉之 難波遠里小野間 持取真榛實 以為渲染此衣上 復以高麗錦 縫付織紐更添餝 刺部重部覆幾回 皆累重著襲再三 麻苧續織兮 麻績一族子等矣 蟻裳在衣兮 財部一族子等矣 所以打栲者 揃備經絲所織布 曝日而乾之 手織麻布所以成 敷食薦以成 信巾脛裳取外矣 為支屋所經 妍哉稻置娘子者 奉為妻問而 贈我為信物 遙遙彼方兮 二色綾織裏沓矣 大和飛鳥之 明日香地壯士者 忌避長雨時 所縫烏皮黑沓矣 身足適履而 佇立庭中茫然者 莫輙罷立之 如是慰留娘子之 髣髴聲可聞 贈我為信物 淡藍水縹之 細緻和妙絹帶矣 以之為引帶 取付繫于韓帶上 海神綿津見 龍宮屋頂殿甍上 展翅翱飛翔 蜾蠃之所如 娉婷嬝娜細腰間 裝身點綴取飾矣 無曇真十鏡 取而並懸掛臺上 陶醉伺己顏 反覆端詳觀不止 每逢春臨而 巡迴漫步野邊者 風流倜儻矣 當是如此思我哉 山雉小野鳥 翔天畫空來鳴矣 每逢秋至而 悠然出行山邊者 雄姿英發矣 當是如此思我哉 久方天上雲 霏霺徘徊久不去 出門而又返 步循大道歸來者 內日照臨兮 百敷殿上宮女與 刺竹根芽盛 仙籍舍人壯士亦 竊下隱忍而 流目餘光瞥見矣 蓋難忍其驚豔情 竊思此是誰子哉 如斯所為故為也 曩古往昔日 花樣年華我命者 哀也愛憐兮 今日見汝兒眼中 去來無所謂 當是如此思我矣 如斯所為故為也 千早振稜威 上代太古賢人等 深思熟慮而 以為後世殷鑑矣 雖輦扛老人 棄置山中還家者 復將輦還載其歸 【復將輦還載其歸。】
竹取翁 3791

「若子髮(わかごかみ)」,若子指嬰兒。以下「平生髮(はふこがみ)」、「童髮(わらはかみ)」亦指年紀。
「垂乳(たらち)し」,母之枕詞。
「抱(むだ)かえ」,「抱(むだ)く」乃「抱(いだ)く」之古形。
「褨襁(ひむつき)」,按『說文解字』,「襁,小兒衣。」
「平生髮(はふこがみ)」,平生指幼少時代。
「木棉肩衣(ゆふかたぎぬ)」,「木棉」乃藉楮所取之纖維。「肩衣」指無袖羽織之疇。
「純裏(ひつら)」,「純裏(ひとうら)」之略。表裏一續之服。
「頸付(うなつき)」,「頸(うな)」表脖子。
「纐纈(ゆひはた)」,絞染。
「袖付衣(そでつけごろも)」,付有袖子之一般衣物,與「肩衣」相對。
「匂(にほ)ひよる」,指娘子貌美之狀。
「兒等(こら)が同輩(よち)には」,「兒等(こら)」指娘子們隻第二人稱呼稱。「同輩(よち)」指年紀相仿之輩。此云竹取翁往日與娘子年紀相仿之時。
「上(あ)げても卷(ま)きみ」,嘗試各種髮型之狀。
「羅丹付(さにつ)かふ」,帶著赤紅色之狀。
「色懷(いろなつ)かしき」,此云其顏色具有魅力。
「大綾衣(おほあやのきぬ)」,「綾」指紋樣。織有斗大紋樣之衣服。
「刺部重部(未詳)」,難訓。
「皆重著(なみかさねき)て」,原文「皮累服」未詳。估做「波累服」而為「並(なみ)」解之。
「打麻(うちそ)やし」,「麻績」之枕詞。
「麻績子等(をみのこら)」,麻績部一族。
「寶子等(たからのこら)が」,財部一族。
「打栲(うちたへ)は 綜(へ)て織布(おるぬの)」,打柔木棉所縱織之布。
「信巾裳成者之寸丹取為支屋所經(未詳)」,難訓。
「稻置娘子(いなきをとめ)」,稻置蓋為八色姓以前與地方官之稻置相關之出身,娘子原文「丁女」指廿一歲至六十歲之女子。
「妻問(つまど)ふと」,此為女子向男子求婚之自媒。
「二綾裏沓(ふたあやしたぐつ)」,以二色綾布所造之裏沓。
「飛鳥(とぶとり)の」,明日香之枕詞。
「長雨忌(ながめい)み」,居家躲避長雨。「長雨」原文「霖」,『萬象名義』云「久雨、三日雨。」
「縫(ぬ)ひし黑沓(くろぐつ)」,「黑沓(くろぐつ)」蓋『衣服令』所記烏皮舄之疇。
「庭(には)に立(た)たずめ」,已然型,但非表示原因、理由之用。
「罷莫立(まかりなた)ち 禁娘子(いさめをとめ)が」,阻止作者出發。「禁」或可訓「さふる」。
「引帶為(ひきおびな)す」,小帶之類。『和名抄』「衿、ひきおび、小帶也。」
「韓帶(からおび)に取(と)らし」,「韓帶(からおび)」蓋為大陸傳來之樣式。
「海神(わたつみ)の 殿甍(とののいらか)に」,「甍」乃屋頂之脊梁部。或為了神仙譚般之超現時性而借用海宮世界稱述。
「蜾蠃如(すがるのごと)き 腰細(こしぼそ)に」,「蜾蠃(すがる)」乃蜂之古名,多用以形容腰圍纖瘦之女性。此則用以表示男子之身形。
「返(かへ)らひ見(み)つつ」,反覆觀看,表示美少年陶醉於自身美貌之狀。
「小野鳥(さのつとり) 來鳴翔(きなきかけ)らふ」,「小野鳥(さのつとり)」乃雉之別名。連鳥獸都屈服於美少年之魅力。
「內日射(うちひさ)す」,宮之枕詞。
「刺竹(さすたけ)の」,舍人之枕詞。
「舍人壯士(とねりをとこ)も」,「舍人(とねり)」乃「殿入(とのいり)」之略,擔任宮中護衛、雜役之下級官吏。
「如斯(かくのごと) 所為故為(未詳)」,難訓。
「華(ささ)きし我(われ)や」,年輕貌美之狀。
「愛(は)しきやし」,哀憐自身年華不再之感動詞
「去來(いさ)にとや」,無所謂。
「古(いにしへ)の 賢(さか)しき人(ひと)も」此云『孝子傳』原穀諫父之典故,穀者,不知何許人。祖年老,父母厭棄之,意欲棄之。原穀年十五,涕泣苦諫。父母不從,乃作輿異棄之。穀乃隨,收輿歸。父謂之曰:「爾焉用此凶具?」穀云:「後父老不能更作得,是以取之耳。」父感悟愧懼,乃載祖歸侍養。克己自責,更成純孝。穀為孝孫。

3792 反歌二首 【承前,反歌第一。】
 死者木苑 相不見在目 生而在者 白髮子等丹 不生在目八方
 死(し)なばこそ 相見(あひみ)ずあらめ 生(い)きてあらば 白髮兒等(しろかみこら)に 生(お)ひざらめやも
 英年早逝者 可得不須與相見 活而長生者 兒等今雖年華盛 後豈不生白髮哉
竹取翁 3792

「死(し)なばこそ 相見(あひみ)ずあらめ」,若是早死的話,便不須見到白髮之形象。「こそ」原文「木苑」,以「苑」表「そ」者唯此一例。

3793 【承前,反歌第二。】
 白髮為 子等母生名者 如是 將若異子等丹 所詈金目八
 白髮(しろかみ)し 兒等(こら)に生(お)ひなば 如斯(かくのごと) 若(わか)けむ兒等(こら)に 罵(の)らえ兼(か)ねめや
 假令娘子等 往後生有白髮者 豈不亦如斯 見訕於彼年稚盛 花容月貌娘子哉
竹取翁 3793

「如斯(かくのごと)」,如現在一班被年輕女子嘲笑、愚弄一般。
「若(わか)けむ兒等(こら)に」,娘子等將來年老之時,遇上年輕人(豈不同樣會被嘲笑?)。
「罵(の)らえ兼(か)ねめや」,「罵(の)」指嘲笑。「兼(か)ねめや」豈能避開這樣的狀況?

3794 娘子等和歌九首 【九首第一。】
 端寸八為 老夫之歌丹 大欲寸 九兒等哉 蚊間毛而將居 【一。】
 愛(は)しきやし 翁歌(おきなのうた)に 欝悒(おほほし)き 九兒等(ここののこら)や 感(かま)けて居(を)らむ 【一(ひ)。】
 實也愛憐哉 老夫所歌誠如是 愚昧失禮矣 汝命懇切忠告者 九娘子等感銘矣
娘子 3794

「愛(は)しきやし」,感動詞。此云娘子等贊同老翁之曲。
「欝悒(おほほし)き」,於此指膚淺、愚昧。反省失禮之態度。
「感(かま)けて居(を)らむ」,感動、感銘。

3795 反歌 【承前,九首第二。反歌。】
 辱忍 辱尾默 無事 物不言先丹 我者將依 【二。】
 恥忍(はぢしの)び 恥(はぢ)を默(もだ)して 事(こと)も無(な)く 物言(ものい)はぬ先(さき)に 我(われ)は寄(よ)りなむ 【二(ふ)。】
 忍辱負恥而 灼然知恥默不語 在於輙輕言 無禮下品事之前 吾將先從以依來
娘子 3795

「恥忍(はぢしの)び」,或云女性向男性婚自媒之羞恥,或云嘲笑老人之恥辱。
「恥(はぢ)を默(もだ)して」,「默(もだ)」為忍受之意,或云不顧之意。
「事(こと)も無(な)く」,不得體之言語。或云『遊仙窟』漢語「無事」之訓「あぢきなく」。

3796 【承前,九首第三。】
 否藻諾藻 隨欲 可赦 皃所見哉 我藻將依 【三。】
 否(いな)も諾(を)も 欲(ほ)しき隨(まにま)に 許(ゆる)すべき 姿(かたち)は見(み)ゆや 我(われ)も寄(よ)りなむ 【三(み)。】
 無論否或諾 任情恣意隨各位 觀其顏色者 當赦之姿可見哉 吾亦從順依之矣
娘子 3796

「否(いな)も諾(を)も」,「諾(を)」乃表示承諾之應答語。接受或接受不竹取翁之敬老訓誡。
「許(ゆる)すべき 姿(かたち)は見(み)ゆや」,因為羞愧而無法正視老翁,轉而問同伴其是否面露原諒娘子們的表情。

3797 【承前,九首第四。】
 死藻生藻 同心迹 結而為 友八違 我藻將依 【四。】
 死(し)にも生(い)きも 同心(おなじこころ)と 結(むす)びてし 友(とも)や違(たが)はむ 我(われ)も寄(よ)りなむ 【四(よ)。】
 無論死與生 皆眾同心咸一氣 結誓相期之 同志豈將有異存 吾亦從順依之矣
娘子 3797

「死(し)にも生(い)きも 同心(おなじこころ)と」,生死同心。或云引自『遊仙窟』「穀則異室,死則同穴。」
「友(とも)や違(たが)はむ」,友指夥伴們,既然是相約生死與共的同伴,必然不會有人有異議吧。

3798 反歌 【承前,九首第五。反歌。】
 何為迹 違將居 否藻諾藻 友之波波 我裳將依 【五。】
 何(なに)すと 違(たが)は居(を)らむ 否(いな)も諾(を)も 友(とも)の並並(なみな)み 我(われ)も寄(よ)りなむ 【五(い)。】
 當以何由者 得有異議不從哉 無論否或諾 與友同心共相並 吾亦從順依之矣
娘子 3798

「何(なに)すと」、與「何(なに)すとか」同。反語語氣,為何(有異議)之意。
「友(とも)の並並(なみな)み」,與夥伴相同。

3799 【承前,九首第六。】
 豈藻不在 自身之柄 人子之 事藻不盡 我藻將依 【六。】
 豈(あに)も在(あ)らぬ 己(おの)が身(み)のから 人子(ひとのこ)の 言(こと)も盡(つく)さじ 我(われ)も寄(よ)りなむ 【六(む)。】
 乏善可以陳 不善言辭此身故 莫若人子之 可以陳述盡其情 吾亦從順依之矣
娘子 3799

「豈(あに)も在(あ)らぬ」,「豈(あに)」與否定詞呼應,一般用於絕對(不會)之上。此則與仁德紀歌謠「圍宿りは 豈良くも非ず」同為「豈可稱善」之意。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kikirouei/krr01.htm#s0049
「己(おの)が身(み)のから」,「から」於此為原因之意。
「人子(ひとのこ)の」,除己以外的娘子。
「言(こと)も盡(つく)さじ」,無法能言善道。

3800 【承前,九首第七。】

 者田為為寸 穗庭莫出 思而有 情者所知 我藻將依 【七。】
 旗芒(はだすすき) 穗(ほ)には勿出(ないで)そ 思(おも)ひたる 心(こころ)は知(し)らゆ 我(われ)も寄(よ)りなむ 【七(な)。】
 幡薄旗芒兮 切莫秀出顯顏色 雖然如此念 汝已了然知我情 吾亦從順依之矣
娘子 3800

「旗芒(はだすすき)」,「穗(ほ)」、「秀(ほ)」之枕詞。
「穗(ほ)には勿出(ないで)そ」,「穗(ほ)に出(いづ)」為顯露於表情、行為上為人所察知。
「心(こころ)は知(し)らゆ」,自己所壓抑不張揚的心理已被竹取翁看透。

3801 【承前,九首第八。】
 墨之江之 岸野之榛丹 丹穗所經迹 丹穗葉寐我八 丹穗冰而將居 【八。】
 住吉(すみのえ)の 岸野榛(きしののはり)に 匂(にほ)ふれど 匂(にほ)はぬ我(われ)や 匂(にほ)ひて居(を)らむ 【八(や)。】
 縱以住吉之 岸野榛木實煎汁 以為媒染而 不輙為染吾身者 今亦渲染依之矣
娘子 3801

「岸野榛(きしののはり)に」,奈良時代,住吉西部部分為海蝕涯地形。榛實煎汁配合灰汁等媒染,可為黃褐色之染料。
「匂(にほ)ふれど」,染為赤色、褐色。
「匂(にほ)はぬ我(われ)や 匂(にほ)ひて居(を)らむ」,自身個性特立,通常不易為他人影響,但此時則與他人共鳴而從順之。

3802 【承前,九首第九。】
 春之野乃 下草靡 我藻依 丹穗冰因將 友之隨意 【九。】
 春野(はるのの)の 下草靡(したくさなび)き 我(われ)も寄(よ)り 匂寄(にほひよ)りなむ 友隨(とものまにま)に 【九(こ)。】
 洽猶春野間 林藪下草靡所如 吾亦依之而 為其渲染從順之 任情恣意隨吾友
娘子 3802

「下草靡(したくさなび)き」,下草乃生長於林藪下之草。此云臨到春時,野草以至於下草皆生而靡偃,以為「寄(よ)り」之序。
以上九首,娘子等謝罪對老翁之無禮,表示順從其敬老之建言。

3803 昔者有壯士與美女也,【姓名未詳。】不告二親,竊為交接。於時娘子之意,欲親令知。因作歌詠,送與其夫歌曰
 隱耳 戀者辛苦 山葉從 出來月之 顯者如何
 隱(こも)りのみ 戀(こ)ふれば苦(くる)し 山端(やまのは)ゆ 出來月(いでくるつき)の 顯(あらは)さば如何(いか)に
 隱不為人知 竊為相戀者甚苦 若欲猶山端 所出名月彰顯而 使親知者汝何如
娘子 3803

 右,或云:「男有答歌者,未得探求也。」

「隱(こも)りのみ」,獨自隱忍不令他人所知。此云不令雙親知曉的秘密關係。
「山端(やまのは)ゆ 出來月(いでくるつき)の」,自山端露出之明月,「顯(あらは)さ」之序。
「顯(あらは)さば如何(いか)に」,昭明隱瞞之事實,女方想向父母公開兩人之關係,詢問男方之言語。

補給物資、万葉集試訳

■補給物資

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押井守 シネマの神は細部に宿る 三島由紀夫 三島由紀夫(河出書房) 亀井孝 日本語の歴史 01 民族のことばの誕生 亀井孝 日本語の歴史 06 新しい国語への歩み 古橋一浩 機動戦士ガンダムUC ep 1-3 BD-BOX 押井守 BLOOD+ 08, 10 麻宮騎亜/菊池通隆 映画版サイレントメビウス 絵コンテ集 今西隆志 機動戦士ガンダム0083 ジオンの残光 (UC ガンダム BD ライブラリーズ) 森口博子 GUNDAM SONG COVERS

万葉集試訳

3773 【承前,六三五一。娘子作歌。】
 君我牟多 由可麻之毛能乎 於奈自許等 於久禮弖乎禮杼 與伎許等毛奈之
 君(きみ)が共(むた) 行(ゆ)か益物(ましもの)を 同(おな)じ事(こと) 後(おく)れて居(を)れど 良事(よきこと)も無(な)し
 早知如此者 不若與君共流去 其苦寔相同 雖然留居在京畿 未有一事可稱善
狹野弟上娘子 3773

「君(きみ)が共(むた)」,「が共(むた)」指與共。
「同(おな)じ事(こと)」,此云留居京城,痛苦與宅守配流越前無異。不如一同配流而去。

3774 【承前,六三五二。娘子作歌。】
 和我世故我 可反里吉麻佐武 等伎能多米 伊能知能己佐牟 和須禮多麻布奈
 我(わ)が背子(せこ)が 歸來坐(かへりきま)さむ 時為(ときのため) 命殘(いのちのこ)さむ 忘給(わすれたま)ふ莫(な)
 苦痛不欲生 所以苟留一命者 奉為吾夫君 有朝一日歸來矣 願君知悉莫忘也
狹野弟上娘子 3774

 右八首,娘子。

「命殘(いのちのこ)さむ」,難堪相思之情,痛苦愈死。然仍不放棄希望,苟活殘喘。(是為了有朝一日夫君歸來相逢。)
「忘給(わすれたま)ふ莫(な)」,別忘了抱持如此心情的我。

3775 【承前,六三五三。宅守更贈。】
 安良多麻能 等之能乎奈我久 安波射禮杼 家之伎己許呂乎 安我毛波奈久爾
 新(あらたま)の 年緒長(としのをなが)く 逢(あ)はざれど 異(け)しき心(こころ)を 我(あ)が思(も)は無(な)くに
 日新月異兮 雖然相離年緒長 日久不得逢 然而所謂異心者 吾身未嘗有之矣
中臣宅守 3775

「年緒長(としのをなが)く」,年緒指如絲線般長久累積之年月。
「異(け)しき心(こころ)を 我(あ)が思(も)は無(な)くに」,不曾有過異心,依舊鍾情於妻子。

3776 【承前,六三五四。宅守更贈。】
 家布毛可母 美也故奈里世婆 見麻久保里 爾之能御馬屋乃 刀爾多弖良麻之
 今日(けふ)もかも 都(みやこ)なりせば 見(み)まく欲(ほ)り 西御馬屋(にしのみまや)の 外(と)に立(た)てらまし
 假令吾今日 有幸得在京畿者 蓋難忍慕情 躬赴內廄右馬寮 佇俟西御馬屋外
中臣宅守 3776

 右二首,中臣朝臣宅守。

「都(みやこ)なりせば」,「都(みやこ)にありせば」之略。如果人在京城之中。反事實假定。
「西御馬屋(にしのみまや)」,右馬寮,位在平城京西面中門之處。
若是宅守身在京師,必定難耐慕情,守候在右馬寮門外,等待娘子退去歸來。

3777 【承前,六三五五。娘子和贈。】
 伎能布家布 伎美爾安波受弖 須流須敝能 多度伎乎之良爾 禰能未之曾奈久
 昨日今日(きのふけふ) 君(きみ)に逢(あ)はずて する術(すべ)の 方便(たどき)を知(し)らに 音(ね)のみしそ泣(な)く
 昨日且今日 與君相隔不得逢 手足無所措 相會無由亦無方 放聲號泣淚涕下
狹野弟上娘子 3777

「する術(すべ)の 方便(たどき)を知(し)らに」,「術(すべ)」、「方便(たどき)」為手段、方法之意。「知(し)らに」為不知。

3778 【承前,六三五六。娘子和贈。】
 之路多倍乃 阿我許呂毛弖乎 登里母知弖 伊波敝和我勢古 多太爾安布末低爾
 白栲(しろたへ)の 我(あ)が衣手(ころもで)を 取持(とりも)ちて 齋(いは)へ我(わ)が背子(せこ) 直(ただ)に逢迄(あふまで)に
 白妙敷栲兮 吾所餽贈衣手者 還願勤取持 齋戒祈禱吾君矣 直至有朝相逢日
狹野弟上娘子 3778

 右二首,娘子。

「我(あ)が衣手(ころもで)を」,衣手乃衣之雅語,衣裳、行見之衣。
「齋(いは)へ」,期望旅外的夫君能時常祈禱兩人速速相會。

3779 【承前,六三五七。宅守寄物陳思。】
 和我夜度乃 波奈多知婆奈波 伊多都良爾 知利可須具良牟 見流比等奈思爾
 我(わ)が宿(やど)の 花橘(はなたちばな)は 徒(いたづら)に 散(ちり)か過(す)ぐらむ 見(み)る人無(ひとな)しに
 吾宿庭院間 所植妍災花橘者 徒然花咲而 寂寞凋零散落哉 花開花落無人
中臣宅守 3779

「我(わ)が宿(やど)の」,此「宿(やど)」指宅守位於平城京之庭園。
「花橘(はなたちばな)は」,初夏花兒滿開之橘木。
「徒(いたづら)に」,哀憐花橘雖然綻開,卻無人可賞,落為徒然。
「散(ちり)か過(す)ぐらむ」,「散過(ちりす)ぐ」指花與紅葉等凋零散盡之狀。

3780 【承前,六三五八。宅守寄物陳思。】
 古非之奈婆 古非毛之禰等也 保等登藝須 毛能毛布等伎爾 伎奈吉等余牟流
 戀死(こひし)なば 戀(こひ)も死(し)ねとや 霍公鳥(ほととぎす) 物思(ものも)ふ時(とき)に 來鳴(きな)き響(とよ)むる
 戀慕欲死者 不若當下戀死矣 郭公不如歸 汝意蓋當如是哉 來鳴在吾憂思時
中臣宅守 3780

「戀死(こひし)なば 戀(こひ)も死(し)ねとや」,「とや」與「とか」指「難道是...的意思嗎。」「戀(こひ)も死(し)ね」表命令、希求語氣。不只霍公鳥,千鳥、呼子鳥、暮蟬、蟋蟀等,蟲鳥之鳴皆有令人更添戀慕之效,而為逆恨。
「來鳴(きな)き響(とよ)むる」,「響(とよ)むる」與「響(とよ)もす」同。

3781 【承前,六三五九。宅守寄物陳思。】
 多婢爾之弖 毛能毛布等吉爾 保等登藝須 毛等奈那難吉曾 安我古非麻左流
 旅(たび)にして 物思(ものも)ふ時(とき)に 霍公鳥(ほととぎす) 元無勿鳴(もとななな)きそ 我(あ)が戀增(こひま)さる
 羈旅在異地 身陷憂思抑鬱時 郭公不如歸 且莫無由來哀啼 我戀將湧心更悲
中臣宅守 3781

「元無(もとな)」,無心、無由。

3782 【承前,六三六十。宅守寄物陳思。】
 安麻其毛理 毛能母布等伎爾 保等登藝須 和我須武佐刀爾 伎奈伎等余母須
 雨隱(あまごも)り 物思(ものも)ふ時(とき)に 霍公鳥(ほととぎす) 我(わ)が住(す)む里(さと)に 來鳴(きな)き響(とよ)もす
 避雨不出戶 身陷憂思鬱悶時 子規霍公鳥 至我居里味真野 不如歸去淒來鳴
中臣宅守 3782

「雨隱(あまごも)り」,因下雨而無法外出。
「我(わ)が住(す)む里(さと)に」,此云配流所之味真野一帶。

3783 【承前,六三六一。宅守寄物陳思。】
 多婢爾之弖 伊毛爾古布禮婆 保登等伎須 和我須武佐刀爾 許欲奈伎和多流
 旅(たび)にして 妹(いも)に戀(こ)ふれば 霍公鳥(ほととぎす) 我(わ)が住(す)む里(さと)に 此(こ)よ鳴渡(なきわた)る
 羈旅在異地 心戀伊人愁傷時 子規霍公鳥 至我居里味真野 經此鳴渡不如歸
中臣宅守 3783

「此(こ)よ鳴渡(なきわた)る」,「此(こ)」此「此處」,表宅守現在位置。「よ」與「ゆ」、「より」同,指經由地點。

3784 【承前,六三六二。宅守寄物陳思。】
 許己呂奈伎 登里爾曾安利家流 保登等藝須 毛能毛布等伎爾 奈久倍吉毛能可
 心無(こころな)き 鳥(とり)にそありける 霍公鳥(ほととぎす) 物思(ものも)ふ時(とき)に 鳴(な)くべき物(もの)か
 無情不識趣 不識時務此鳥矣 子規霍公鳥 於吾憂思消沉時 豈應來鳴催悽愴
中臣宅守 3784

「心無(こころな)き」,思慮不足,淺慮。不知體諒對方之心理。
「鳴(な)くべき物(もの)か」,當作者已然深陷相思之情,聽聞鳥聲擇期情更切,指謫霍公鳥不識時務。

3785 【承前,六三六三。宅守寄物陳思。】
 保登等藝須 安比太之麻思於家 奈我奈氣婆 安我毛布許己呂 伊多母須敝奈之
 霍公鳥(ほととぎす) 間暫置(あひだしましお)け 汝(な)が鳴(な)けば 我(あ)が思心(もふこころ) 甚(いた)も術無(すべな)し
 子規霍公鳥 願汝稍歇息片刻 每逢汝鳴者 吾慕之心千萬絮 手足無措不知方
中臣宅守 3785

 右七首,中臣朝臣宅守寄花鳥陳思作歌。

「甚(いた)も術無(すべな)し」,「甚(いた)も」與「甚(いた)く」、「甚(いと)」同,極度地。

真字萬葉集 卷十五 遣新羅使歌、中臣宅守與狹野弟上娘子贈答歌 終
真字萬葉集 卷十六 有由緣,并雜歌
有由緣,并雜歌

3786 昔者有娘子,字曰櫻兒也。于時有二壯士,共誂此娘,而捐生挌競,貪死相敵。於是娘子歔欷曰:「從古來今,未聞未見,一女之見徃適二門矣。方今壯士之意,有難和平。不如妾死,相害永息。」爾乃尋入林中,懸樹經死。其兩壯士,不敢哀慟,血泣漣襟。各陳心緒,作歌二首
 春去者 插頭爾將為跡 我念之 櫻花者 散去流香聞 【其一。】
 春去(はるさ)らば 髻首(かざ)しに為(に)むと 我(わ)が思(も)ひし 櫻花(さくらのはな)は 散行(ちりゆ)けるかも 【其一(そのひとつ)。】
 有朝逢春至 欲折其枝飾髻首 朝思而暮想 吾所懸心櫻花者 倏忽凋零散去矣 【其一。】
壯士 3786

「髻首(かざ)しに為(に)むと」,「髻首(かざ)し」乃「髮插(かみざ)し」之略。以櫻花髻首者,為娶得美人為妻之比喻。

3787 【承前。】
 妹之名爾 繫有櫻 花開者 常哉將戀 彌年之羽爾 【其二。】
 妹(いも)が名(な)に 懸(か)けたる櫻(さくら) 花咲(はなさ)かば 常(つね)にや戀(こひ)ひむ 彌年每(いやとしのは)に 【其二(そのふたつ)。】
 伊人諱櫻兒 所負其名此櫻矣 每逢花咲者 吾必常念不相忘 歲歲朝朝戀更增 【其二。】
壯士 3787

「懸(か)けたる」,「懸(か)く」乃與之關聯。
「花咲(はなさ)かば」,原文「花開者」而或有人訓作「花散(はなち)らば」,此處尊重原文。
「彌年每(いやとしのは)に」,「彌(いや)」表重疊、彌增。

中朝事實、万葉集試訳

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万葉集試訳

3761 【承前,六三卅九。宅守作歌。】
 與能奈可能 都年能己等和利 可久左麻爾 奈里伎爾家良之 須惠之多禰可良
 世中(よのなか)の 常理(つねのことわり) 如斯樣(かくさま)に 成來(なりき)にけらし 据(す)ゑし種(たね)から
 空蟬此世間 倫常律令掟理故 所以此身者 淪落如此流越前 自業自得己蒔種
中臣宅守 3761

「世中(よのなか)の 常理(つねのことわり)」,藉律令制度所維持秩序之現實社會理法。
「如斯樣(かくさま)に」,如此田地。此云宅守配流越前之事。
「据(す)ゑし種(たね)から」,「据(す)ゑ」乃定置之意與此云自己所播下之種。自食其果。
宅守流配原因不明,本歌則云所以配流是自作自受,有諦觀之感。

3762 【承前,六三四十。宅守作歌。】
 和伎毛故爾 安布左可山乎 故要弖伎弖 奈伎都都乎禮杼 安布余思毛奈之
 我妹子(わぎもこ)に 逢坂山(あふさかやま)を 越(こ)えて來(き)て 泣(な)きつつ居(を)れど 逢由(あふよし)も無(な)し
 愛也吾妹兮 雖然越來逢坂山 望能與一會 然恨虛名無逢由 唯得啜泣度終日
中臣宅守 3762

「我妹子(わぎもこ)に」,「逢坂山(あふさかやま)」之枕詞。
逢坂之名,似可與戀人相逢。然而有名無實,相會無由,只得孤單啜泣。

3763 【承前,六三卌一。宅守作歌。】
 多婢等伊倍婆 許登爾曾夜須伎 須敝毛奈久 久流思伎多婢毛 許等爾麻左米也母
 旅(たび)と云(い)へば 言(こと)にそ易(やす)き 術(すべ)も無(な)く 苦(くる)しき旅(たび)も 言(こと)に勝(まさ)めやも
 所謂羈旅者 空口白話甚容易 縱令手無措 顛沛流離苦旅者 一言蔽之亦旅也
中臣宅守 3763

「言(こと)に勝(まさ)めやも」,「勝(まさ)」為勝過之意。「めやも」表反語。按此則當解為「現實痛苦之旅路,較抽象概念之旅更為輕鬆。」於意不合。通說以為宅守誤用。

3764 【承前,六三卌二。宅守作歌。】
 山川乎 奈可爾敝奈里弖 等保久登母 許己呂乎知可久 於毛保世和伎母
 山川(やまかは)を 中(なか)に隔(へな)りて 遠(とほ)くとも 心(こころ)を近(ちか)く 思(おも)ほせ我妹(わぎも)
 中隔山川在 兩隔異地不相逢 肉身雖遠離 然而我倆心可近 還願吾妹常念我
中臣宅守 3764

「心(こころ)を近(ちか)く 思(おも)ほせ」,「心(こころ)を思(おも)ふ」與「心(こころ)を持ち」同。雖然物理距離極遠,但心思可以貼近。

3765 【承前,六三卌三。宅守作歌。】
 麻蘇可我美 可氣弖之奴敝等 麻都里太須 可多美乃母能乎 比等爾之賣須奈
 真十鏡(まそかがみ) 懸(か)けて偲(しぬ)へと 獻出(まつりだ)す 形見物(かたみのもの)を 人(ひと)に示(しめ)す莫(な)
 無曇真十鏡 願汝懸心偲吾身 所以獻出之 寄情形見信物者 切勿莫令他人視
中臣宅守 3765

「真十鏡(まそかがみ))」,「懸(か)け」之枕詞。以懸掛明鏡為思念他人之比喻。
「懸(か)けて偲(しぬ)へと」,藉由信物思念心上人。
「形見物(かたみのもの)を」,信物為何並未明言,然以下曲「下紐(したびも)に 結付持(ゆひつけも)ちて」,則蓋為小鈴之類。

3766 【承前,六三卌四。宅守作歌。】
 宇流波之等 於毛比之於毛波婆 之多婢毛爾 由比都氣毛知弖 夜麻受之努波世
 愛(うるは)しと 思(おも)ひし思(おも)はば 下紐(したびも)に 結付持(ゆひつけも)ちて 止(や)まず偲(しの)はせ
 汝若思吾命 海枯石爛愛慕者 今結此下紐 繫情長伴不離身 還願情念無所止
中臣宅守 3766
 右十三首,中臣朝臣宅守。

「思(おも)ひし思(おも)はば」,持續思念不斷的話。「し」乃強調。
「下紐(したびも)に」,內衣之衣紐。
此云如果女方願意持續思念著作者的話,請將其信物(蓋為小鈴之疇。)常繫於內衣之衣紐之上,莫淡忘作者。

3767 【承前,六三卌五。娘子作歌。】
 多麻之比波 安之多由布敝爾 多麻布禮杼 安我牟禰伊多之 古非能之氣吉爾
 魂(たましひ)は 朝夕(あしたゆふへ)に 賜振(たまふ)れど 我(あ)が胸痛(むねいた)し 戀繁(こひのしげ)きに
 汝命真摯情 雖然朝夕無所闕 時時令感銘 然我胸懷痛刻骨 難忍思慕情泉湧
狹野弟上娘子 3767

「魂(たましひ)」,宅守思念弟上娘子之真情。
「賜振(たまふ)れど」,賜與之謙讓動詞。隨時都可以感受到對方愛慕自身的情念。

3768 【承前,六三卌六。娘子作歌。】
 己能許呂波 君乎於毛布等 須敝毛奈伎 古非能未之都都 禰能未之曾奈久
 此頃(このころ)は 君(きみ)を思(おも)ふと 術(すべ)も無(な)き 戀(こひ)のみしつつ 音(ね)のみしそ泣(な)く
 比日此頃時 每逢思君心抑鬱 手足皆無措 唯有戀慕度終日 放聲號泣淚涕下
狹野弟上娘子 3768

「君(きみ)を思(おも)ふと」,「と」為表示動作目的意圖之狀態、原因。
「音(ね)のみしそ泣(な)く」,放聲大哭。3777亦有同句。

3769 【承前,六三卌七。娘子作歌。】
 奴婆多麻乃 欲流見之君乎 安久流安之多 安波受麻爾之弖 伊麻曾久夜思吉
 烏玉(ぬばたま)の 夜見(よるみ)し君(きみ)を 明(あ)くる朝(あした) 逢(あ)はず間(ま)にして 今(いま)そ悔(くや)しき
 漆黑烏玉兮 逢瀨闇夜吾君矣 翌朝天明後 未會之間既別去 如今後悔已莫及
狹野弟上娘子 3769

「明(あ)くる朝(あした)」,翌朝。
「逢(あ)はず間(ま)にして」,「間(ま)」為表狀態之接尾語。宅守於出發前夜與娘子共度一晚,卻在翌朝不別而去。

3770 【承前,六三卌八。娘子作歌。】
 安治麻野爾 屋杼禮流君我 可反里許武 等伎能牟可倍乎 伊都等可麻多武
 味真野(あぢまの)に 宿(やど)れる君(きみ)が 歸來(かへりこ)む 時迎(ときのむか)へを 何時(いつ)とか待(ま)たむ
 越前味真野 長滯久宿吾君矣 朝暮引領盼 妾身當待迄何許 終可迎汝歸期哉
狹野弟上娘子 3770

「時迎(ときのむか)へを」,等待(歸國)時期到來之意。
「何時(いつ)とか待(ま)たむ」,要等到何時方能相逢相依。

3771 【承前,六三卌九。娘子作歌。】
 宮人能 夜須伊毛禰受弖 家布家布等 麻都良武毛能乎 美要奴君可聞
 宮人(みやひと)の 安眠(やすい)も寢(ね)ずて 今日今日(けふけふ)と 待(ま)つらむ物(もの)を 見(み)えぬ君(きみ)かも
 殿上大宮人 輾轉難眠不安寢 今日且今日 引領期盼待君歸 不得一見汝命矣
狹野弟上娘子 3771

「宮人(みやひと)」,或指同情宅守遭遇之友人。
「今日今日(けふけふ)と」,期盼早日歸來之狀。
「見(み)えぬ君(きみ)かも」,「見(み)ゆ」為「來(く)」之意。輕微敬體。

3772 【承前,六三五十。娘子作歌。】
 可敝里家流 比等伎多禮里等 伊比之可婆 保等保登之爾吉 君香登於毛比弖
 歸來(かへりけ)る 人來(ひとき)れりと 言(い)ひしかば 殆(ほとほ)と死(し)にき 君(きみ)かと思(おも)ひて
 聽聞逢大赦 流人得許早歸來 雀躍往迎者 不覺失望殆將死 期吾君歸不得叶
狹野弟上娘子 3772

「歸來(かへりけ)る 人來(ひとき)れり」,「歸來(かへりけ)る」為「「歸來(かへりき)ある」」之略。蓋云天平十二年六月大赦,穗積老等入京之事。
「殆(ほとほ)と死(し)にき」,「殆(ほとほ)と」乃「殆(ほとん)ど」之古形。幾乎將死。
聽聞有流人逢赦歸京,以為夫君歸來,前往迎接卻不見宅守。因為自己錯誤的期盼而更加失落,傷心欲死之狀。

古事記中巻、万葉集試訳

古事記中巻
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新訂古事記 中巻、公開。


万葉集試訳

3734 【承前,六三十二。宅守至配所。】
 等保伎山 世伎毛故要伎奴 伊麻左良爾 安布倍伎與之能 奈伎我佐夫之佐【一云,左必之佐。】
 遠山(とほきやま) 關(せき)も越來(こえき)ぬ 今更(いまさら)に 逢(あ)ふべき由(よし)の 無(な)きが寂(さぶ)しさ【一云(またにいふ)、寂(さび)しさ。】
 流路行日久 既越遠山關門來 時值至今日 更恨相會無逢由 隻身悲毀傷寂廖【一云,隻身悲毀哀寂甚。】
中臣宅守 3734

「遠山(とほきやま) 關(せき)も越來(こえき)ぬ」,越過重重山關。自平成京下向越前之五日路途。當時既有愛發關、逢板關等山關。
「無(な)きが寂(さぶ)しさ」,現在才感到無緣相會之寂寞。仙覺本等有「一云,左必之佐。」之注,而天治本、類聚古集等則無,或為後人加筆。

3735 【承前,六三十三。宅守至配所。】
 於毛波受母 麻許等安里衣牟也 左奴流欲能 伊米爾毛伊母我 美延射良奈久爾
 思(おも)はずも 誠有得(まことありえ)むや 小寢(さぬ)る夜(よ)の 夢(いめ)にも妹(いも)が 見(み)えざら無(な)くに
 雖欲忘此情 然則豈誠得遂哉 縱令小寢夜 晚晚夢見吾愛妻 夜夜不絕戀伊人
中臣宅守 3735

「思(おも)はずも 誠有得(まことありえ)むや」,反語。想要不去想念,豈是有可能辦到的呢?
「夢(いめ)にも妹(いも)が 見(み)えざら無(な)くに」,雙重否定,即便是在夢中,也是絲毫沒有不夢見妻子的夜晚。

3736 【承前,六三十四。宅守至配所。】
 等保久安禮婆 一日一夜毛 於母波受弖 安流良牟母能等 於毛保之賣須奈
 遠(とほ)くあれば 一日一夜(ひとひひとよ)も 思(おも)はずて あるらむ物(もの)と 思召(おもほ)しめす莫(な)
 雖然隔路遠 縱令一日或一夜 抑或須臾間 勿思吾命不念汝 我情不渝至石爛
中臣宅守 3736

「遠(とほ)くあれば」,此文與其後「思(おも)はずて あるらむ物(もの)と」呼應。
「一日一夜(ひとひひとよ)も」,強調表現一日一夜皆無暫忘之時。
「思召(おもほ)しめす莫(な)」,敬語表現。

3737 【承前,六三十五。宅守至配所。】
 比等余里波 伊毛曾母安之伎 故非毛奈久 安良末思毛能乎 於毛波之米都追
 人(ひと)よりは 妹(いも)そも惡(あ)しき 戀(こひ)も無(な)く 在(あ)ら益物(ましもの)を 思召(おもはしめ)つつ
 與吾相較者 汝命方為惡人哉 若無戀慕者 豈苦相思哀如是 然汝致吾甚心懸
中臣宅守 3737

「人(ひと)よりは」,此「人(ひと)」指被娘子稱作薄情郎之作者自身。
「思召(おもはしめ)つつ」,主語為娘子。
雖被娘子稱作薄情郎,但娘子自身方是惡人。若不相思,就不會痛苦如此,但娘子卻讓作者朝思暮想。

3738 【承前,六三十六。宅守至配所。】
 於毛比都追 奴禮婆可毛等奈 奴婆多麻能 比等欲毛意知受 伊米爾之見由流
 思(おも)ひつつ 寢(ぬ)ればか元無(もとな) 烏玉(ぬばたま)の 一夜(ひとよ)も落(お)ちず 夢(いめ)にし見(み)ゆる
 思慕戀伊人 懷憂而寢之故哉 漆黑烏玉兮 莫名夜夜未嘗闕 宵宵會汝在夢中
中臣宅守 3738

「思(おも)ひつつ 寢(ぬ)ればか元無(もとな)」,「寢(ぬ)ればか」為疑問條件。古俗以為,思念至深,可入對方夢中相見。此則為反例,夜夜夢見對方。
「一夜(ひとよ)も落(お)ちず」,無一夜例外。

3739 【承前,六三十七。宅守至配所。】
 可久婆可里 古非牟等可禰弖 之良末世婆 伊毛乎婆美受曾 安流倍久安里家留
 如此許(かくばかり) 戀(こひ)むと豫(かね)て 知(し)らませば 妹(いも)をば見(み)ずぞ 在(ある)べく在(あり)ける
 追悔已莫及 早知戀慕如此許 悲哀殆狂者 當初不當與妹逢 未曾相識自無憂
中臣宅守 3739

「知(し)らませば」,「ませば」為反事實假定。
「在(ある)べく在(あり)ける」,「べく在(あり)ける」與反事實假想「まし」相類。早知如此,就應該...云云。

3740 【承前,六三十八。宅守至配所。】
 安米都知能 可未奈伎毛能爾 安良婆許曾 安我毛布伊毛爾 安波受思仁世米
 天地(あめつち)の 神無物(かみなきもの)に 有(あ)らばこそ 我(あ)が思(も)ふ妹(いも)に 逢(あ)はず死(し)にせめ
 天神地衹之 八百萬神不在哉 若寔無神者 吾得諦觀不奢望 不與妻逢可死也
中臣宅守 3740

「神無物(かみなきもの)に 有(あ)らばこそ」,反事實假定條件。如果天地之間沒有神祇,便可放棄與妻子相逢的希望而不必哀苦至此。
類歌 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m04.htm#0605

3741 【承前,六三十九。宅守至配所。】
 伊能知乎之 麻多久之安良婆 安里伎奴能 安里弖能知爾毛 安波射良米也母【一云,安里弖能乃知毛。】
 命(いのち)をし 全(また)くしあらば 在衣(ありきぬ)の 在(あり)て後(のち)にも 逢(あ)はざらめやも【一云(またにいふ)、在(あり)ての後(のち)も。】
 留得一命存 心許有朝一日逢 在衣之所如 如是心盼寄將來 延宕無期不得會【一云,如是心許盼未然。】
中臣宅守 3741

「命(いのち)をし」,以「命(いのち)を」為主格之曲,散見於萬葉集中。如3621「我が命を 長門島の 小松原」等。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m15.htm#3621
「全(また)くしあらば」,無恙、保留。
「在衣(ありきぬ)の」,「在(あり)て」之枕詞。「在衣(ありきぬ)」蓋為高級之絹制衣物。3791用以修飾「寶(たから)」。
「在(あり)て後(のち)にも」,「在(あり)」表維持現在之狀態。如是心想往後有機會相逢,未來卻一直如是延延無以再會。

3742 【承前,六三二十。宅守至配所。】
 安波牟日乎 其日等之良受 等許也未爾 伊豆禮能日麻弖 安禮古非乎良牟
 逢(あ)はむ日(ひ)を 其日(そのひ)と知(し)らず 常闇(とこやみ)に 何日迄(いづれのひまで) 我戀居(あれこひを)らむ
 相隔在異地 不知重逢在何日 心憂陷常闇 吾人悲慕度終日 哀毀當至何日迄
中臣宅守 3742

「其日(そのひ)と知(し)らず」,不知何日方能相逢。
「常闇(とこやみ)に」,或書「恆闇(とこやみ)」,晝夜無別接闇。比喻心情之低沉。

3743 【承前,六三廿一。宅守至配所。】
 多婢等伊倍婆 許等爾曾夜須伎 須久奈久毛 伊母爾戀都都 須敝奈家奈久爾
 旅(たび)と云(い)へば 言(こと)にそ易(やす)き 少(すく)なくも 妹(いも)に戀(こひ)ひつつ 術無(すべな)け無(な)くに
 所謂羈旅者 空口白話甚容易 然而寔者何 豈是須臾苦相思 逢賴無由而已哉
中臣宅守 3743

「旅(たび)と云(い)へば 言(こと)にそ易(やす)き」,所謂初旅,光用說的是很容易。亦有此一配流,必須離開久住家鄉,於異鄉長期滯在之意。
「少(すく)なくも 妹(いも)に戀(こひ)ひつつ 術無(すべな)け無(な)くに」,「少(すく)なくも...無(な)くに」乃並非只是...而已之意。不可同日而語。

3744 【承前,六三廿二。宅守至配所。】
 和伎毛故爾 古布流爾安禮波 多麻吉波流 美自可伎伊能知毛 乎之家久母奈思
 我妹子(わぎもこ)に 戀(こ)ふるに我(あれ)は 玉限(たまきは)る 短命(みじかきいのち)も 惜(を)しけくも無(な)し
 愛也吾妹妻 朝思暮想我命者 玉剋魂極兮 石火光中此命者 輕如鴻毛無所惜
中臣宅守 3744

 右十四首,中臣朝臣宅守。

「玉限(たまきは)る」,命、世之枕詞。
「短命(みじかきいのち)も 惜(を)しけくも無(な)し」,若是為了想念妻子,就算性命亦可不顧。

3745 【承前,六三廿三。娘子留京悲傷。】
 伊能知安良婆 安布許登母安良牟 和我由惠爾 波太奈於毛比曾 伊能知多爾敝波
 命有(いのちあ)らば 逢事(あふこと)も有(あ)らむ 我(わ)が故(ゆゑ)に 甚(はだ)な思(おも)ひそ 命(いのち)だに經(へ)ば
 留得此命存 有朝一日必得逢 願君惜身命 莫為我故憂之甚 只冀源遠能流長
狹野弟上娘子 3745

「甚(はだ)な思(おも)ひそ」,莫鑽牛角尖,將自己想得太重。
「命(いのち)だに經(へ)ば」,「命有(いのちあ)らば」之置換,只要留有一命,將來就有機會相逢。
蓋承接宅守3744之返歌。

3746 【承前,六三廿四。娘子留京悲傷。】
 比等能宇宇流 田者宇惠麻佐受 伊麻佐良爾 久爾和可禮之弖 安禮波伊可爾勢武
 人植(ひとのう)うる 田(た)は植坐(うゑま)さず 今更(いまさら)に 國別(くにわか)れして 我(あれ)は如何(いか)に為(せ)む
 時雖值農忙 不若他人務田植 逮于今日者 離自故鄉流遠國 妾身此後當何如
狹野弟上娘子 3746

「田(た)は植坐(うゑま)さず」,實值農繁期,宅守卻因配流而無法與他人般赴持田耕種。
「國別(くにわか)れして」,告別熟識的故鄉遠去。主詞為宅守。

3747 【承前,六三廿五。娘子留京悲傷。】
 和我屋度能 麻都能葉見都都 安禮麻多無 波夜可反里麻世 古非之奈奴刀爾
 我(わ)が宿(やど)の 松葉見(まつのはみ)つつ 我待(あれま)たむ 早歸坐(はやかへりま)せ 戀死(こひし)なぬ外(と)に
 吾觀庭院間 端詳松葉待君歸 此心之所願 冀望汝命早歸來 在吾難堪戀死前
狹野弟上娘子 3747

「松葉見(まつのはみ)つつ」,以「松(まつ)」與「待(ま)つ」雙關。
「戀死(こひし)なぬ外(と)に」,因為與宅守分隔,苦於相思之情而殆死。期待宅守能在此之前早早歸來。

3748 【承前,六三廿六。娘子留京悲傷。】
 比等久爾波 須美安之等曾伊布 須牟也氣久 波也可反里万世 古非之奈奴刀爾
 他國(ひとくに)は 住惡(すみあ)しとそ言(い)ふ 速(すむや)けく 早歸坐(はやかへりま)せ 戀死(こひし)なぬ外(と)に
 人云他國者 難住不便莫安寧 此心之所願 冀汝速速早歸來 在吾尚未戀死前
狹野弟上娘子 3748

「他國(ひとくに)は」,其餘之國,此云畿外邊境邊鄙之國。

3749 【承前,六三廿七。娘子留京悲傷。】
 比等久爾爾 伎美乎伊麻勢弖 伊都麻弖可 安我故非乎良牟 等伎乃之良奈久
 他國(ひとくに)に 君(きみ)を坐(いま)せて 何時迄(いつまで)か 我(あ)が戀居(こひを)らむ 時知(ときのし)ら無(な)く
 任君赴他國 相隔異地不相見 當待至何時 苦守空閨慕我君 再會無期總欷歔
狹野弟上娘子 3749

「君(きみ)を坐(いま)せて」,令夫君行去。如宅守之行,為娘子意志般之表現手法。
「何時迄(いつまで)か 我(あ)が戀居(こひを)らむ」,與第五句「時」相呼應之疑問連鎖型構造。
「時知(ときのし)ら無(な)く」,望能知己將等待至何時。然其時者卻是無期。

3750 【承前,六三廿八。娘子留京悲傷。】
 安米都知乃 曾許比能宇良爾 安我其等久 伎美爾故布良牟 比等波左禰安良自
 天地(あめつち)の 底限裏(そこひのうら)に 我(あ)が如(ごと)く 君(きみ)に戀(こ)ふらむ 人(ひと)は實有(さねあ)らじ
 縱令天地之 端堺邊陲極限處 妾身有所思 到底無人戀其夫 可猶吾命慕如此
狹野弟上娘子 3750

「天地(あめつち)の 底限裏(そこひのうら)に」,「底限(そこひ)」乃底部、極限之意。不只人所常住之天下、地上,縱令天上、地底之盡頭,亦是如此。
「實(さね)」與否定詞結合,到底、絕對不會有之意思。

3751 【承前,六三廿九。娘子留京悲傷。】
 之呂多倍能 安我之多其呂母 宇思奈波受 毛弖禮和我世故 多太爾安布麻弖爾
 白栲(しろたへ)の 我(あ)が下衣(したごろも) 失(うしな)はず 持(も)てれ我(わ)が背子(せこ) 直(ただ)に逢迄(あふまで)に
 白妙敷栲兮 妾所餽贈下衣者 願君莫亡失 肌身勿離吾夫矣 直至有朝重逢時
狹野弟上娘子 3751

「白栲(しろたへ)の」,衣之枕詞。
「我(あ)が下衣(したごろも)」,「下衣(したごろも)」指貼身衣物。古俗分別之際,夫婦互贈貼身衣物以為信物。
「持(も)てれ」,「持(も)てり」之命令型。

3752 【承前,六三三十。娘子留京悲傷。】
 波流乃日能 宇良我奈之伎爾 於久禮為弖 君爾古非都都 宇都之家米也母
 春日(はるのひ)の 衷悲(うらがな)しきに 後居(おくれゐ)て 君(きみ)に戀(こ)ひつつ 現(うつ)しけめやも
 和煦春暖日 鬱悶由衷傷悲時 留居在家中 哀慕吾君度終日 悲毀豈得保心性
狹野弟上娘子 3752

「衷悲(うらがな)しきに」,「衷悲(うらがな)しき時(とき)に」之略。蘊含著希望與夫君相逢之想念。
「後居(おくれゐ)て」,丈夫配流旅外,自身留在家中。
「現(うつ)しけめやも」,「現(うつ)しけ」為正常的心神

3753 【承前,六三卅一。娘子留京悲傷。】
 安波牟日能 可多美爾世與等 多和也女能 於毛比美太禮弖 奴敝流許呂母曾
 逢(あ)はむ日(ひ)の 形見(かたみ)に為(せ)よと 手弱女(たわやめ)の 思亂(おもひみだ)れて 縫(ぬ)へる衣(ころも)そ
 願得為有朝 相逢以前信物而 妾身手弱女 千頭萬緒情意亂 所以縫織此衣也
狹野弟上娘子 3753

 右九首,娘子。

「逢(あ)はむ日(ひ)の」,「逢(あ)はむ日迄(ひまで)の」之略。直至相逢之日。
「手弱女(たわやめ)の」,弱女子,表娘子自身。

3754 【承前,六三卅二。宅守作歌。】
 過所奈之爾 世伎等婢古由流 保等登藝須 多我子爾毛 夜麻受可欲波牟
 過所無(くわそな)しに 關飛越(せきとびこ)ゆる 霍公鳥(ほととぎす) 多我子爾毛(未詳) 止(や)まず通(かよ)はむ
 不需符節而 得以飛越過關所 郭公霍公鳥 無論孰人之頂上 必然不止翱通哉
中臣宅守 3754

「過所(くわそ)」,用以通關之符節。
「多我子爾毛(未詳)」,未詳。或云「誰(いづれ)子爾毛」之訛。
此云霍公鳥不需符節,便可通過關所,速處翱翔。必然無論在誰的頂上亦是恣意通過不留。

3755 【承前,六三卅三。宅守作歌。】
 宇流波之等 安我毛布伊毛乎 山川乎 奈可爾敝奈里弖 夜須家久毛奈之
 愛(うるは)しと 我(あ)が思妹(もふいも)を 山川(やまかは)を 中(なか)に隔(へな)りて 安(やす)けくも無(な)し
 由衷感愛憐 朝暮心懸吾妻矣 中隔山川在 兩隔異地不相逢 吾胸忐忑難安寧
中臣宅守 3755

「山川(やまかは)を 中(なか)に隔(へな)りて」,與所愛的妻子遠隔著山川身居異地無法相見。

3756 【承前,六三卅四。宅守作歌。】
 牟可比為弖 一日毛於知受 見之可杼母 伊等波奴伊毛乎 都奇和多流麻弖
 向居(むかひゐ)て 一日(ひとひ)も落(お)ちず 見(み)しかども 厭(いと)はぬ妹(いも)を 月渡(つきわた)る迄(まで)
 縱令常相覷 日日相望無所闕 百看不嘗厭 惹人憐愛吾妹妻 相離已然經月矣
中臣宅守 3756

「月渡(つきわた)る迄(まで)」,經月已久。縱然天天相見亦未嘗厭飽的妻子,不知不覺已然分別渡月。

3757 【承前,六三卅五。宅守作歌。】
 安我未許曾 世伎夜麻故要弖 許己爾安良米 許己呂波伊毛爾 與里爾之母能乎
 我(あ)が身(み)こそ 關山越(せきやまこ)えて 此處(ここ)に在(あ)らめ 心(こころ)は妹(いも)に 寄(よ)りにし物(もの)を
 雖然此肉身 遠行數渡越關山 來到在此處 然而我心常相伴 依偎吾妻未嘗離
中臣宅守 3757

「關山越(せきやまこ)えて」,此云越過許多關所與山頭。
「此處(ここ)に在(あ)らめ」,逆接用法。雖然身體遠離,但是心靈卻時時相伴。

3758 【承前,六三卅六。宅守作歌。】
 佐須太氣能 大宮人者 伊麻毛可母 比等奈夫理能未 許能美多流良武【一云,伊麻左倍也。】
 刺竹(さすだけ)の 大宮人(おほみやひと)は 今(いま)もかも 人嬲(ひとなぶり)のみ 好(この)みたるらむ【一云(またにいふ)、今(いま)さへや。】
 刺竹根芽盛 百敷殿上大宮人 於今為何事 蓋仍常時辱弄人 任情恣意無忌憚【一云,縱令於今者。】
中臣宅守 3758

「刺竹(さすだけ)の」,「大宮」之枕詞。或以枝葉茂盛發展,以為欣榮之比喻。
「人嬲(ひとなぶり)のみ」,「嬲(なぶり)」為玩弄、羞辱之意。『日本靈異記』以「嬲」為男性玩弄女性身體之用。『新撰字鏡』云:「嬲,弄也。わずらはす。」

3759 【承前,六三卅七。宅守作歌。】
 多知可敝里 奈氣杼毛安禮波 之流思奈美 於毛比和夫禮弖 奴流欲之曾於保伎
 立返(たちかへ)り 泣(な)けども我(あれ)は 驗無(しるしな)み 思侘(おもひわ)ぶれて 寢(ぬ)る夜(よ)しそ多(おほ)き
 反覆再而三 悲愴涕泣吾命者 全然無效驗 哀傷失落心寂寥 輾轉孤眠夜多矣
中臣宅守 3759

「立返(たちかへ)り」,一再重複。『古今和歌集』682有「立返り 斯くこそは見め」之語。 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kokin/kk14.htm#682
「思侘(おもひわ)ぶれて」,失落傷神。

3760 【承前,六三卅八。宅守作歌。】
 左奴流欲波 於保久安禮杼毛 母能毛波受 夜須久奴流欲波 佐禰奈伎母能乎
 小寢(さぬ)る夜(よ)は 多在(おほくあ)れども 物思(ものも)はず 安寢(やすくぬ)る夜(よ)は 實無(さねな)き物(もの)を
 單論小寢夜 所度宵宵雖多矣 然計心寧而 不浸憂思安寢夜 可謂未嘗有之也
中臣宅守 3760

「實無(さねな)き物(もの)を」,「實(さね)」與否定詞結合,表示完全沒有之意。