カミカゼ スキヤキ ゲイシャ ハラキリ テンプラ フジヤマ

いや、別に...牛丼復活オメデトウ!!



菅家文草
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm

383 神泉苑三日宴,應製


    水上煙花表裏紅 流盃欲把醉顏同 動枝動浪皆應惜 所以慇懃恐暮風

菅原道真 383


経国集
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/keikoku/keikoku.htm

116 雜言,奉和太上天皇春堂五詠 三首
 臥春堂 春堂疏竹簾 幽眺不眠復不卷 閑宅向曉月鉤纖 ﹝右簾﹞

 臥春堂 春堂南郭几 更有千年靈壽杖 相攜與爾扶坐起 ﹝右几﹞

 臥春堂 春堂獨夜燈 清影未嘗欺暗室 挑時更使聖明筯 ﹝右燈﹞
惟春道【惟良春道】 116


117 五言,同春太詠鬼之什 一首
 鬼神惟不測 冥運入希微 論有形無形 言無道有奇
 齋襄未免譴 晉景亦殃隨 隱顯雖難定 福淫在可知
石廣主【石川廣主】 117


118 雜言,臨春風效沈約體應制﹝太上天皇在祚﹞ 一首
 臨春風     春風澹蕩起   初從青蘋未   過拂琁閨裏
 香奩拭即飛栖塵 粧粉眠銷懊恨人 舞袖欲縫絲屢亂 音書未寄怨愈頻
 䖝動龍蟠葉   紅驚鳳腦花   柳絮非同處   海芬是滿家
 黃鶯雜沓誰求媒 素蝶翩翻不倦迴 一道風情如有感 吹簾似令蕩天開
滋貞主【滋野貞主】 118


119 七言,春日奉使入渤海客館 一首
 蒼茫渤海幾千里 五兩舟中送一年 鯷壑難辛孤帆度 鯨濤殺怕遠情傳
 春鴻愛暖南江水 旅客看雲北海天 曉來莫驚單宿夢 他鄉覺後不勝憐
滋貞主【滋野貞主】 119


120 七言,聽早鶯,示惟山人春道 一首
 春歸物色早鶯飛 曉哢初歸人不歸 寂寂空房無與聽 春寒獨恨薛蘿帷
太上天皇嵯峨天皇】 120


大日本史・皇女伝
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/dainihonsi/dns105.htm

【亀山】十二女
 喜子内親王典侍藤原雅子所生也。【歴代皇紀女院小傳、後宮略傳。○一代要記作壽子,誤。】永仁元年,為内親王。【女院小傳。】四年,準三宮。【歴代皇紀女院小傳、後宮略傳。】進號昭慶門院。【貴女鈔、女院小傳、後宮略傳。】紱治元年,為尼,【歴代皇紀女院小傳。】法名清淨源。【皇胤紹運録、女院小傳。】正中元年三月,薨。【歴代皇紀女院小傳。○園太曆真和二年為十一月。】年五十二。【女院小傳。○歴代皇紀作五十五。今據本書出家年三十四之文。】帝舒愛門院,賜離宮於大井川上為第,資給甚厚。世稱川端殿女院,【筯鏡。】又土御門女院。【帝王編年記。】
 睍子内親王,藤原皇后所生也。【皇胤紹運録。】
 理子内親王,【○一代要記作班子。】從二位藤原禖子所生也。【皇胤系圖。】為大宮院所鞠養。【筯鏡。】
 皇女某,京極院雑仕貫川所生也。【筯鏡、一代要記。】鞠於帝乳母按察二位局家,【筯鏡。】下嫁關白家基。【筯鏡、皇胤紹運録。】及家基薨,為尼,法名遍昭覚。【皇胤紹運録。】元紱元年,薨。【筯鏡。】
 皇女某,典侍藤原氏所生也。下嫁攝政師教。【皇胤紹運録、筯鏡。】
 皇女某,帝與懌子内親王私所生也。為按察二位局所鞠。幼警慧。人問其母氏,曰:「是不可道。」【筯鏡。○按長幼無所考,故姑書于此。】

 餘六女,失其名及母氏。【皇胤紹運録。○按本書及諸門跡譜云,帝女與後醍醐帝通,生僧恒性,而不書其名稱。今無所考。】


■下ネタ
http://zaubers.sakura.ne.jp/txt/_akimi.htm
http://zaubers.sakura.ne.jp/txt/_akimi2.htm
あの出版社の中国語訳はツッコミどころ満載の気がする...



■麻生氏人気と反「反おたく国会議員」おたくの転向?と
http://d.hatena.ne.jp/Maybe-na/20060912/1158083649
個人的は麻生氏が好きではなけれど、ポルノ漫画を守る意識もありませんが...
ちょっと前に中国語(一部日本語混雑)で書いたものを張ります。

 對近來的御宅文化,除了嘆息還是嘆息。

 忘了在哪裡看過,「御宅們,你們什麼時候變得那麼容易讓人牽著鼻子走了?」過去,御宅是永遠的反派,抱持反骨精神嘲諷這個世界的同時、也不忘反諷自己。不盲從潮流,做自己所認為該做的事。也許今日的御宅們仍舊與澀谷系的文化兩相衝突,然而,卻形成了缺乏獨立性的萌え文化。堂高『全日本妹選手權』也提過「今のオタクはなんなの?萌があれば万歳!?ヲタクたち、狩獵民族に戻れ!」當年,岡田斗司夫,把オタク當作人類的革新而在東大開了『ヲタク學講座』。﹝雖然個人認為這有過甚評價之虞。﹞然而反顧如今的御宅,滿足了岡田提到御宅必備的「粋之眼」「匠之眼」「通之眼」的任何之ㄧ嗎?攤開來講,一個都沒有。現在的御宅發展與岡田的遠景根本是背道而行。卻依舊引用岡田「御宅乃人類之革新」之詞,自以為是。對於失去了自嘲、自省能力的御宅們,無怪乎前岡田不久又發表『御宅已死』。怨不得人。

 以前的御宅要求獨立於群體的自主思考,雖然高傲不近人情,仍有可取之處。今日的御宅則是乞求他人同情施捨的認同感,門檻低了、人雜了。御宅們的談話,從早先知識性的交流,到近來單純感覺上的共鳴,﹝萌え、老實說連情感都稱不上。就和追星族在那裡喊●●●好帥,然後尖叫無異。唯一有別的是「帥」換成「萌」,「尖叫」改成「ハァハァ」。﹞除了墮落二字,似乎也沒有其他更恰當的形容詞了。富野導演說過「アニメばっかり見てると、バカになるぞ。」不失是今日御宅的標準寫照。岡田『御宅已死』中也提到「オタクには馬鹿は居ないと思ったのに、最近馬鹿が多く見えてきた。ワールドカップはみんな観ていると信じているような。」不正是兩相呼應嗎。

日本語に訳すると

 最近のヲタ文化についてですが、嘆ざるを得ないですね。
 どこか見たような、「オタクたちよ、何時の間にこんなに引き付かれる易くなったの?」という一文があります。昔、オタクは永遠の反対党であった。反骨の精神を持つ、この世界を嘲笑いしながら、自嘲していた。簡単に世の流れに流されず、自分が正しいと思う道を歩くはずだったのではありませんか。確かに、今のヲタも、澁谷系やらとは馬が合わないんですが、それぞれユニークのない萌え文化を形成してしまいました。堂高しげるの『全日本妹選手権!』も言ってしまた「今のオタクはなんなの?萌があれば万歳!?ヲタクたち、狩獵民族に戻れ!」のように、岡田斗司夫がかつオタクを人類の革新として東大の『ヲタク学講座』(個人的は岡田のヲタク学を全信用できないと思いますが...)で言った、オタクなら持つべき「粋の眼」、「匠の眼」、「通の眼」、そのどいつか今のヲタが持つといえるでしょうか?まさに何一つもないのではないか?敢えて言おう、カスであると!今のヲタと岡田のオタ像は、完璧な反対側にいると思います。それでも「オタクは人類の革新である」と言い張り、自惚れしています。自嘲、自省の能力を失ったヲタクに対して『オタク・イズ・デッド』は当然な出し物だと思います。


(以下略←実は時間が無いのに..._| ̄|○