うむ

相変わらず。



菅家文草
http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm

203 寒早十首 其三


    何人寒氣早 寒早老鰥人 轉枕雙開眼 低簷獨臥身

    病萌逾結悶 飢迫誰愁貧 擁抱偏孤子 通宵落淚頻

菅原道真菅家文草』巻第三0202


大津皇子『臨終』
http://www.chitanet.or.jp/users/junji/kansi/hao.html

 題は「臨終」。「臨終」「臨刑」という詩題は中国六朝詩にあり、作法として韻を踏むことは一般に要求されていないようです。時が時だけにそのような余裕はない、ということでしょうか。
 さて、皇子の詩ですが、眼に映るものは西舎を照らす太陽、耳に聞こえるものは時を告げる太鼓の音。眼に映じ耳に響くもの、つまり「存在」するものはそれだけです。あとは心に浮かぶ思い・言葉。にもかかわらず、直覚の冴えとでもいえばよいのでしょうか、わたしたちの心には、今から1300年も前に確かに存在した一夕の光景が浮かびます。
 刑死を前にしてという極限的な状況についてのわたしたちの知識が、皇子の詩の印象を強めていることは間違いありません。 しかし、間違ってはいけないのは、皇子の詩の素養の深さです。皇子の詩は押韻していませんが、皇子は韻を踏めなかったのではなく、踏まなかったと見るべきように私には思えます。

韻を踏むか、踏らないか、別に絶対なものではありません。我が国の詩仙・李白も良くこのルールを違反していた。要する、ルールを守らなくても、それ以上の作品ができれば、敢えてルールを守らなくていいだ、ということです。ただし、そこまで文才が恵まなかったら、ルールを破ったことは作品を破ったと同じ危険があります。(汗)もちろん、大津皇子の方がルールを破って、もっといい作品を残ったと思います。*1

ところで、大津皇子の五言『臨終』一絶について、末句の「此夕誰家向」には、「此夕離家向」の写本もあります。個人的は「此夕誰家向」の方が好きなんです。何故なら確かに千三百年前に存在した臨刑人が夕を観る心象風景が浮かびますから。


■変なリンク元
>これらのキーワードがハイライトされています: 淡路 廃帝 同人
え?



攻殻機動隊S.A.C新展開 新作長編作品製作へ
http://animeanime.jp/news/archives/2006/03/sac317.html

*1:漢詩について、大津皇子の文才は、『古今和歌集』真名序には「自大津皇子之初作詩賦、詞人才子慕風繼塵、移彼漢家之字、化我日域之俗。民業一改、和歌漸衰。」、つまり「大津皇子漢詩が素敵すぎで皆がそれを倣うように漢詩を作ることに必死にして、代わりに和歌が沒落になってしまった。」と言えるほど漢詩の才能が優るかたです。