祐徳稲荷神社


例の駒場にある神社、調べてみたら祐徳稲荷神社と言います。

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見つかりにくいかもれれませんが、たぶんここの茂りの中にあります。

駒場にも神社がある↓と聞いていたので、探してみました。
https://maps.nifty.com/cs/catalog/map_spot/catalog_080402935373_1.htm


当日はちょうど日本語能力検定試験の日で、駒場東大前では外国人一杯でした。
ちなみに、自分は4年前くらいに、台北の試場で1級を取りました。
こんどの留学奨学金も、その検定試験の認定資格証明書がいりますので、
日本語を母語としない、かつ日本関連の仕事或いは学校に就く人には必要な試験でした。


それは去っておき、上のリンクにある写真通り、小さいなお社であることは想定済みなのです。
ってことは、見つかりにくいし、人に聞いても分からないというお約束だと思います。
上記のページには一応地図もついていたのですが、生憎小さい過ぎで頼るものではなさそうです。
唯一、頼れるのは、26番地でした。人に聞いて行って見ると見事に発見しました。
しかも生息しているネコが二匹も!但し警戒しているようでなかなか写真を取れませんでした。


上記のページでは名称不明としていたのですが、うまく見れば、建物の中に「正一位祐徳稲荷神社」と書いていました。どころで、建物が小さい過ぎでもちろん神社より神籬な感じがしていると思います。その建物は本殿と呼ぶべきかどうかをよく知りませんでした。

夜はMさんと会いました。お世話に成りました、どうもありがとうございます。


大日本史

 藤原大津,軀幹短小,而意氣難奪,猶善步射。年十八,為大舍人允,任常陸大掾,入為右近衛將監。天長中,敘從五位下,為備後守,有善政,民庶歌思。數年,為大監物,遷散位頭。承和中,歷左馬助、信濃守,【文恕y實錄。】為神祇大副。伴健岑等反,大津守宇治橋。事平,為陸奧守。【續日本後紀。】未及之任,改左衛門佐,除伊豫守。在治歲餘,境內豐稔,百姓富膽。仁壽中,遷備前守,至正五位下。齊衡元年,卒,年六十三。【尊卑分脈。】子良繼,自有傳。弟衛。【尊卑分脈。】

http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/dainihonsi/dainihon.htm


■お米

玄米20KG。
どころで...
http://portal.nifty.com/special03/11/12/2.htm
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