■磯部浅一遺稿
神国をうかがふ悪霊退散、君側の奸払ひ給へ。牧野、西園寺、湯沢、鈴貫(鈴木貫太郎)、寺内、梅津、磯貝、外軍部幕僚、裁判長石本虎三外裁判官一同、検察官、予審官等を討たせ給へ。(中略)菱海の云ふことをきかぬならば必ず罰が当たり申すぞ。神様ともあらふものが、菱海に罰を与えられたら、いい面の皮で御座らふ。
(中略)
日本国の神々ともあらふものが、此の如き余の切烈なる祈りをききもしないで、何処へ避暑に行ったか?どこで酒色におぼれて御座るのか?一向に霊験が見えぬ。余は神様などにたのんで見た所でなかなかなか云ふことをきいて下さりそうもないから、自分が神様になって所信を貫くことにした。必ず所信を貫いてみせる、死ぬものか殺されるものか。
二二六事件は昔から存知しておりますが、三島由紀夫「道義的革命」を拝読するまでこの遺稿を知りませんでした。
なんと強烈的かつ鬼気迫る文字でしょう。
それを見て、『英霊の声』にある無念なる忿慨・痛感をもつ言葉「何どで皇は人間と成り給いし」もそれ以上に感じられるようになります。
「なぜ、あの時、神風が吹かなかったのか?」という遺憾に責められ、神になろう(もしく作ろう)とする人は、
『ゼノギアス』のカレルレン然り、『Dies Irae』のヴァレリア・トリファ然り、サブカルチャーに於いてはそんなに珍しいでもない。
ただ、大魔縁に成ろうと誓った崇徳帝を除いたら、史実ではどれくらいこの類の例が見られるでしょう...
機会があれば磯部浅一遺稿をきちんと拝読したいと思います。
■二・二六事件獄中日記
http://binder.gozaru.jp/226isobe.htm
■「三島由紀夫」とはなにものだったのか
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全然同意にはならずとも、かなり色々の考えを知ることができる一冊でした。