補給物資、万葉集試訳

■補給物資

万葉集試訳

2093 反歌 【承前,九八九八。】
 妹爾相 時片待跡 久方乃 天之漢原爾 月敘經來
 妹(いも)に逢(あ)ふ 時片待(ときかたま)つと 久方(ひさかた)の 天川原(あまのかはら)に 月(つき)そ經(へ)にける
 心懸吾愛妻 每俟與其相逢時 遙遙久方兮 銀漢天安川原間 光陰飛逝既累月
佚名 2093

「時片待(ときかたま)つ」,「片待(かたま)」乃一昧等待對方來訪之意。

2094 詠花 【卅四第一。】
 竿志鹿之 心相念 秋芽子之 鍾禮零丹 落僧惜毛
 佐雄鹿(さをしか)の 心相思(こころあひおも)ふ 秋萩(あきはぎ)の 時雨降(しぐれのふ)るに 散(ち)らくし惜(を)しも
 嗚呼小狀鹿 所以魂牽夢縈之 相念秋萩矣 時雨頻零摧花謝 散落此間甚可惜
柿本人麻呂 2094

「心相思(こころあひおも)ふ 秋萩(あきはぎ)の」,相字乃接頭語,古時慣以萩華比作鹿妻。
「時雨降(しぐれのふ)るに」,時雨乃秋冬之間反覆降而又止之驟雨。

2095 【承前,卅四第二。】
 夕去 野邊秋芽子 末若 露枯 金待難
 夕去(ゆふさ)れば 野邊秋萩(のへのあきはぎ) 末若(うれわか)み 露(つゆ)に枯(か)れけり 秋待難(あきまちか)てに
 每逢夕暮時 野邊秋荻芽子矣 末梢葉尚稚 置露轉瞬俄枯消 漫漫秋日更難待
柿本人麻呂 2095
 右二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。

「末若(うれわか)み」,末乃先端、樹梢之意。
「秋待難(あきまちか)てに」,「難(か)て」原為表克服之「克(か)て」,而後多接否定詞而轉為難以達成之意。秋字原文書金者,按陰陽五行之說而來。

2096 【承前,卅四第三。】
 真葛原 名引秋風 每吹 阿太乃大野之 芽子花散
 真葛原(まくずはら) 靡(なび)く秋風(あきかぜ) 吹(ふ)く每(ごと)に 阿太大野(あだのおほの)の 萩花散(はぎのはなち)る
 每逢真葛原 草偃所靡秋風吹 蕭瑟此節時 寧樂阿太荒野間 秋荻芽子花散華
佚名 2096

「真葛原(まくずはら) 靡(なび)く秋風(あきかぜ)」,「真」為接頭語。令葛原受吹拂而靡偃之秋風。
「阿太大野(あだのおほの)の」,大野乃無人居住之荒野。

2097 【承前,卅四第四。】
 鴈鳴之 來喧牟日及 見乍將有 此芽子原爾 雨勿零根
 雁(かり)が音(ね)の 來鳴(きな)かむ日迄(ひまで) 見(み)つつあらむ 此萩原(このはぎはら)に 雨勿降(あめなふ)りそね
 吾欲長相望 直至鴈音來鳴之 喧囂日為止 是以還願此萩原 天雨莫零摧花謝
佚名 2097

「雁(かり)が音(ね)の」,於茲指雁本身。雁往往自彼岸飛來而歸於彼岸。洽於荻花之花期度來。
「雨勿降(あめなふ)りそね」,「そね」表希求。語降則荻花將謝,故期望在此之前天雨莫零。

2098 【承前,卅四第五。】
 奧山爾 住云男鹿之 初夜不去 妻問芽子乃 散久惜裳
 奧山(おくやま)に 棲(す)むと云(い)ふ鹿(しか)の 夕去(よひさ)らず 妻問(つまど)ふ萩(はぎ)の 散(ち)らまく惜(を)しも
 人云奧山間 所棲麗壯雄鹿之 每宵每初夜 問妻求婚秋荻矣 倏然散之甚可惜
佚名 2098

「夕去(よひさ)らず」,「去(さ)らず」為不欠、不漏之意。「夕」原文「初夜」或云「初更」夜八時至九時半之間。
「妻問(つまど)ふ萩(はぎ)の」,以萩比做鹿妻之表現。