補給物資、万葉集試訳

■補給物資


万葉集試訳

2150 【承前,十六第十。】
 秋芽子之 散去見 欝三 妻戀為良思 棹壯鹿鳴母
 秋萩(あきはぎ)の 散逝見(ちりゆくみ)れば 欝(おほほ)しみ 妻戀(つまごひ)すらし 佐雄鹿鳴(さをしかな)くも
 蓋是見秋萩 芽子散華零落者 心欝悶不樂 相思情湧戀妻歟 小壯鹿兮今鳴泣
佚名 2150

「欝(おほほ)しみ」,心情鬱悶意所不快。主詞為鹿。
「妻戀(つまごひ)」,俗以鹿比秋萩為妻。

2151 【承前,十六十一。】
 山遠 京爾之有者 狹小壯鹿之 妻呼音者 乏毛有香
 山遠(やまとほ)き 都(みやこ)にし在(あ)れば 佐雄鹿(さをしか)の 妻呼(つまよ)ぶ聲(こゑ)は 乏(とも)しくもあるか
 自於去飛鳥 身在新京離山遠 久居於此者 小壯鹿之喚妻聲 已然難得罕聞矣
佚名 2151

「山遠(やまとほ)き 都(みやこ)」,或云詠於難波京,或云平成京。較於飛鳥舊京,去山甚遠。
「乏(とも)しくもあるか」,「乏(とも)し」表稀少、難得,「か」為詠嘆。

2152 【承前,十六十二。】
 秋芽子之 散過去者 左小壯鹿者 和備鳴將為名 不見者乏焉
 秋萩(あきはぎ)の 散過去(ちりすぎゆ)かば 佐雄鹿(さをしか)は 侘鳴為(わびなきせ)むな 見(み)ずは乏(とも)しみ
 一旦秋萩之 芽子華散零落者 嗚呼小壯鹿 其當哀怨侘鳴哉 不得見之催孤悲
佚名 2152

「散過去(ちりすぎゆ)かば」,「過(す)ぐ」乃花或紅葉凋零不復之狀。
「侘鳴為(わびなきせ)むな」,「侘び」乃失落、無氣力之狀。「鳴き」與「泣き」通。
「見(み)ずは乏(とも)しみ」,「乏(とも)しみ」乃「乏(とも)しかるべみ」,寂寞之意。

2153 【承前,十六十三。】
 秋芽子之 咲有野邊者 左小壯鹿曾 露乎別乍 嬬問四家類
 秋萩(あきはぎ)の 咲(さ)ける野邊(のへ)には 佐雄鹿(さをしか)そ 露(つゆ)を別(わ)けつつ 妻問(つまど)ひしける
 秋荻芽子之 所咲盛開野邊者 嗚呼小壯鹿 排開草間闢沾露 踏遍四處訪妻處
佚名 2153

「咲(さ)ける野邊(のへ)には」,此依原文「咲有野邊者」而訓,而自『萬葉代匠記』云「亦讀”咲(さ)きたる野邊(のへ)は”」以來,坊間多採此訓。然考字數、慣例,或當回復舊訓。

2154 【承前,十六十四。】
 奈何壯鹿之 和備鳴為成 蓋毛 秋野之芽子也 繁將落
 何(な)ぞ鹿(しか)の 侘鳴(わびな)きすなる 蓋(けだ)しくも 秋野萩(あきののはぎ)や 繁(しげ)く散(ち)るらむ
 何以小壯鹿 侘鳴啼泣聲悽悽 蓋是顧野間 秋荻芽子花散華 頻頻凋零傷感哉
佚名 2154

「蓋(けだ)し」,大概、應當。
「繁(しげ)く散(ち)るらむ」,「散(ち)るらむ」乃「散(ち)けばなるらむ」之略。疑問條件之變形。

2155 【承前,十六十五。】
 秋芽子之 開有野邊 左壯鹿者 落卷惜見 鳴去物乎
 秋萩(あきはぎ)の 咲(さ)きたる野邊(のへ)の 佐雄鹿(さをしか)は 散(ち)らまく惜(を)しみ 鳴行(なきゆ)く物(もの)を
 秋荻芽子之 所咲開有野邊間 嗚呼小壯鹿 惋其散華甚可惜 哀切鳴泣啼去矣
佚名 2155

「咲(さ)きたる野邊(のへ)の」,舊訓「咲(さ)きたる野邊(のへ)に」,此依『類聚古集』改之。
「鳴行(なきゆ)く物(もの)を」,文末詠嘆用法。或云「去」乃「云」字之訛。

2156 【承前,十六十六。】
 足日木乃 山之跡陰爾 鳴鹿之 聲聞為八方 山田守酢兒
 足引(あしひき)の 山常蔭(やまのとかげ)に 鳴鹿(なくしか)の 聲聞(こゑき)かすやも 山田守(やまだも)らす子(こ)
 足曳勢險峻 山之常蔭日影處 鳴鹿喚妻之 孤悲啼泣可聞哉 山田戍守娘子矣
佚名 2156

「常蔭(とかげ)」,「常蔭(とこかげ)」之略,總為日蔭之處。
「聲聞(こゑき)かすやも」,す乃敬語,然程度不重。
「山田守(やまだも)らす子(こ)」,保護山田不為豬鹿等野獸危害之女子。

2157 詠蟬
 暮影 來鳴日晚之 幾許 每日聞跡 不足音可聞
 夕影(ゆふかげ)に 來鳴(きな)く蜩(ひぐらし) 幾許(ここだく)も 日每(ひごと)に聞(き)けど 飽(あ)かぬ聲(こゑ)かも
 黃昏暮影間 唧唧來鳴寒蟬者 縱然日復日 時時聞泣聽幾許 不曾飽厭其聲也
佚名  2157

「蜩(ひぐらし)」,可見於夏歌與秋歌。
「幾許(ここだく)も」,雖為第四句之修飾,但更繫於末句之聲字。

2158 詠蟋 【三首第一。】
 秋風之 寒吹奈倍 吾屋前之 淺茅之本爾 蟋蟀鳴毛
 秋風(あきかぜ)の 寒(さむ)く吹(ふ)く共(なへ) 我(わ)が宿(やど)の 淺茅(あさぢ)が本(もと)に 蟋蟀鳴(こほろぎな)くも
 其副秋風之 蕭瑟寒拂相與共 吾宿屋前之 淺茅叢生根本處 蟋蟀鳴泣聲不斷
佚名 2158

「蟋」,不止於今日之蟋蟀,亦含鈴蟲、松蟲、螽斯等。
「寒(さむ)く吹(ふ)く共(なへ)」,此云秋風之寒已讓人倍感孤獨,被隨蟲聲更覺蕭瑟。

2159 【承前,三首第二。】
 影草乃 生有屋外之 暮陰爾 鳴蟋蟀者 雖聞不足可聞
 影草(かげくさ)の 生(お)ひたる宿(やど)の 夕影(ゆふかげ)に 鳴(な)く蟋蟀(こほろぎ)は 聞(き)けど飽(あ)かぬかも
 物陰日蔭之 影草所生庭院間 黃昏暮陰時 唧唧鳴泣蟋蟀聲 雖然聞之不飽厭
佚名 2159

「影草(かげくさ)」,生於物蔭之草。

2160 【承前,三首第三。】
 庭草爾 村雨落而 蟋蟀之 鳴音聞者 秋付爾家里
 庭草(にはくさ)に 村雨降(むらさめふ)りて 蟋蟀(こほろぎ)の 鳴(な)く聲聞(こゑき)けば 秋付(あきづ)きにけり
 盎然庭草上 叢雲驟雨零落而 蟋蟀感蕭瑟 唧唧鳴泣聲可聞 俄然實感秋日臨
佚名 2160

村雨(むらさめ)」,按『日葡辭書』,「激烈而俄然驟降之雨。」
「秋付(あきづ)き」,更添秋意。

2161 詠蝦 【五首第一。】
 三吉野乃 石本不避 鳴川津 諾文鳴來 河乎淨
 御吉野(みよしの)の 岩本去(いはもとさ)らず 鳴蛙(なくかはづ) 宜(うべ)も鳴(な)きけり 川(かは)を清(さや)けみ
 芳野御吉野 瀧水處處岩本間 鳴蛙啼不斷 理宜蛙聲響如此 以其川淨河清矣
佚名 2161

「詠蝦」,蝦指蝦蟇。
「御吉野(みよしの)の」,御吉野乃吉野之美稱,不明在吉野川之何處所詠。詠吉野川蛙者,0913、0920在上游吉野離宮一帶,1723在下游六田一帶。
「岩本去(いはもとさ)らず」,岩本指巨石之下部,「去(さ)らず」表無一例外、一切。
「宜(うべ)も鳴(な)きけり」,「宜(うべ)」表理當如此。

2162 【承前,五首第二。】
 神名火之 山下動 去水丹 川津鳴成 秋登將云鳥屋
 神奈備(かむなび)の 山下響(やましたとよ)み 行水(ゆくみづ)に 蛙鳴(かはづな)く也(なり) 秋(あき)と言(い)はむとや
 稜威神奈備 聖山麓下所響徹 滔滔行水間 川蛙喧鳴聲不斷 蓋是欲言秋臨矣
佚名 2162

神奈備(かむなび)」,神靈憑坐之山,未詳此云飛鳥神奈備三輪山
「秋(あき)と言(い)はむとや」,蓋云秋日天寒,更戀伊人而鳴。

2163 【承前,五首第三。】
 草枕 客爾物念 吾聞者 夕片設而 鳴川津可聞
 草枕(くさまくら) 旅(たび)に物思(ものおも)ひ 我(あ)が聞(き)けば 夕片設(ゆふかたま)けて 鳴(な)く蛙(かはづ)かも
 草枕在異地 羈旅客鄉浸憂思 吾所耳聞者 誰彼難分夕暮時 喧鳴不斷川蛙聲
佚名 2163

「夕片設(ゆふかたま)けて」,「片設(かたま)け」只準備,將至。

2164 【承前,五首第四。】
 荑呼速見 落當知足 白浪爾 河津鳴奈里 朝夕每
 荑(せ)を速(はや)み 落激(おちたぎ)ちたる 白波(しらなみ)に 蛙鳴(かはづな)く也(なり) 朝夕每あ(あさよひごと)に
 川荑疾且速 奔流落激泵磅礡 白波滔滔間 川津蛙鳴啼喧囂 朝朝夕夕聲不斷
佚名 2164

「落激(おちたぎ)ちたる」,水流急促,飛濺磅礡之狀。

2165 【承前,五首第五。】
 上荑爾 河津妻呼 暮去者 衣手寒三 妻將枕跡香
 上荑(かみつせ)に 蛙妻呼(かはづつまよ)ぶ 夕去(ゆふさ)れば 衣手寒(ころもでさむ)み 妻枕(つままか)むとか
 每逢上荑間 川蛙呼妻夕暮時 吾人有所思 蓋是隻身衣手寒 欲與嬌妻相枕哉
佚名 2165

「衣手寒(ころもでさむ)み」,此「衣手」與「衣」同。將川蛙擬人化之用法。指隻身孤寢,甚感寂寞。

2166 詠鳥 【二首第一。】
 妹手呼 取石池之 浪間從 鳥音異鳴 秋過良之
 妹(いも)が手(て)を 取石池(とろしのいけ)の 波間(なみのま)ゆ 鳥(とり)が音異(ねけ)に鳴(な)く 秋過(あきす)ぎぬらし
 執妹之手兮 和泉國中取石池 自於其波間 鳥聲異鳴聲可聞 蓋是相告秋已盡
佚名 2166

「妹(いも)が手(て)を」,取之枕詞。於茲用以修飾地名「取石池」。
「鳥(とり)が音異(ねけ)に鳴(な)く」,「異(け)に鳴(な)く」表鳴聲異於以往。百舌鳥每逢秋至而下至人里,發出尖銳鳴聲。

2167 【承前,二首第二。】
 秋野之 草花我末 鳴百舌鳥 音聞濫香 片聞吾妹
 秋野(あきのの)の 尾花(をばな)が末(うれ)に 鳴(な)く百舌鳥(もず)の 聲聞(こゑき)きけむか 片聞(かたき)け我妹(わぎも)
 蕭瑟秋野間 立諸尾花末穗上 所鳴百舌鳥 其音嘹亮可聞哉 還冀詳聽吾妹矣
佚名 2167

「尾花(をばな)」,原文「草花」指「萱草之花」。萬葉集多書「萱」為「草」。
「聲聞(こゑき)きけむか」,原文「音聞濫香」,或訓「聲聞(こゑき)くらむか」,而元曆校本作「音聞監香」者蓋為古形。
「片聞(かたき)け我妹(わぎも)」,此「片(かた)」指「一昧」。

2168 詠露 【九首第一。】
 冷芽子丹 置白霧 朝朝 珠年曾見流 置白霧
 秋萩(あきはぎ)に 置(お)ける白露(しらつゆ) 朝(あさ)な朝(さ)な 玉(たま)としそ見(み)る 置(お)ける白露(しらつゆ)
 秋萩芽子花 枝葉所置白露者 日日朝朝間 見之晶瑩猶玉珠 枝葉所置白露矣
佚名 2168

「秋萩(あきはぎ)に」,「秋」之原文「冷」者,乃春暖、秋冷、冬寒之義訓表現。
「朝(あさ)な朝(さ)な」,每朝。

2169 【承前,九首第二。】
 暮立之 雨落每【一云,打零者。】 春日野之 尾花之上乃 白霧所念
 夕立(ゆふだち)の 雨降(あめふ)る每(ごと)に【一云(またにいふ)、打降(うちふ)れば。】 春日野(かすがの)の 尾花(をばな)が上(うへ)の 白露思(しらつゆおも)ほゆ
 每逢夕立之 驟雨倏降零落時【一云,驟雨稍降零落者。】 寧樂春日野 尾花末穗梢所置 晶瑩白露更所念
佚名 2169

「夕立(ゆふだち)の」,秋日夕暮時,短而激烈之驟雨。
「打降(うちふ)れば」,「打(う)ち」有輕輕之意。
類歌3819。小鯛王閑居彈琴之曲。

2170 【承前,九首第三。】
 秋芽子之 枝毛十尾丹 露霜置 寒毛時者 成爾家類可聞
 秋萩(あきはぎ)の 枝(えだ)も撓(とをを)に 露霜置(つゆしもお)き 寒(さむ)くも時(とき)は 成(な)りにけるかも
 秋萩芽子之 枝葉撓曲垂懸盪 露霜紛降置 天寒冷冽時節者 悄悄之間既來矣
佚名 2170

「枝(えだ)も撓(とをを)に」,「撓(とをを)」表因露霜之重量而撓曲之狀。

2171 【承前,九首第四。】
 白露 與秋芽子者 戀亂 別事難 吾情可聞
 白露(しらつゆ)と 秋萩(あきはぎ)とには 戀亂(こひみだ)れ 別事難(わくことかた)き 我(あ)が心(こころ)かも
 白露瑩剔透 秋荻婉約令人憐 吾魂為所牽 高下難捨不得判 我情不知當擇何
佚名 2171

「白露(しらつゆ)と 秋萩(あきはぎ)とには 戀亂(こひみだ)れ」,心為白露、荻花雙方所吸引,難分高下。
「別事難(わくことかた)き」,不知該如何取捨。當為荻花拂去白露,或為賞露而忍心見荻花為其所摧。

2172 【承前,九首第五。】
 吾屋戶之 麻花押靡 置露爾 手觸吾妹兒 落卷毛將見
 我(わ)が宿(やど)の 尾花押靡(をばなおしな)べ 置露(おくつゆ)に 手觸(てふ)れ我妹子(わぎもこ) 落(お)ちまくも見(み)む
 吾宿屋戶間 所生尾花押靡而 晶瑩置露矣 吾妹子矣當手觸 欲見其露零落也
佚名 2172

「尾花押靡(をばなおしな)べ」,尾花因露重而垂撓之狀。
「落(お)ちまくも見(み)む」,或訓「散(ち)りまくも見(み)む」,然「散(ち)り」不用於露。

2173 【承前,九首第六。】
 白露乎 取者可消 去來子等 露爾爭而 芽子之遊將為
 白露(しらつゆ)を 取(と)らば消(け)ぬべし 去來子等(いざこども) 露(つゆ)に競(きほ)ひて 萩遊(はぎのあそ)びせむ
 剔透白露矣 以手取之則消散 去來子等矣 何不與其露相競 縱情嬉戲遊萩哉
佚名 2173

「去來子等(いざこども)」,「子等(こども)」乃對複數年輕人之親暱稱呼。
「露(つゆ)に競(きほ)ひて」,不輸於露。古俗以為,露、荻之間,好似男女關係。
「萩遊(はぎのあそ)びせむ」,愛荻者之遊宴。

2174 【承前,九首第七。】
 秋田苅 借廬乎作 吾居者 衣手寒 露置爾家留
 秋田刈(あきたか)る 假廬(かりいほ)を作(つく)り 我(あ)が居(を)れば 衣手寒(ころもでさむ)く 露(つゆ)そ置(お)きにける
 奉為苅秋田 權造假廬設小屋 孤身居此者 衣袖冷冽映心寒 露霜降置更寂侘
佚名 2174

「秋田刈(あきたか)る 假廬(かりいほ)」,為秋收而暫時搭建隻田屋。
「衣手寒(ころもでさむ)く」,透過衣袖感受到寒氣。比喻遠離自家,獨居假盧之寂寞心性。
蓋為『後撰和歌集天智天皇御製「秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」之改作。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/100/100_01.htm#001

2175 【承前,九首第八。】
 日來之 秋風寒 芽子之花 令散白露 置爾來下
 此頃(このころ)の 秋風寒(あきかぜさむ)し 萩花(はぎのはな) 散(ち)らす白露(しらつゆ) 置(お)きにけらしも
 比日此頃時 秋風甚凍天氣寒 吾人有所思 想來令散秋荻之 白露已然降置哉
佚名 2175

「置(お)きにけらしも」,「けらし」乃「「けるらし」」之略。類於穗積皇子「春日山 黃葉にけらし 我が心痛し」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1513,乃遠方思鄉之作。

2176 【承前,九首第九。】
 秋田苅 苫手搖奈利 白露志 置穗田無跡 告爾來良思【一云,告爾來良思母。】
 秋田刈(あきたか)る 苫手動(とまでうご)くなり 白露(しらつゆ)し 置(お)く穗田無(ほだな)しと 告(つ)げに來(き)ぬらし【一云(またにいふ)、告(つ)げに來(く)らしも。】
 奉為苅秋田 假廬葺莚苫手動 蓋是來相告 秋寒白露欲降置 卻無穗田可結哉【一云,卻無穗田可結矣。】
佚名 2176

「秋田刈かる 苫手(とまで)」,「秋田刈かる假盧の苫手」之略。苫手乃敷設屋頂之蓆薦類的下緣。原文「艸店」字乃源自「苫」之造字。
「苫手動(とまでうご)くなり」,「なり」表傳聞推定。此乃隨風搖動之聲。
「置(お)く穗田無(ほだな)しと」,此云秋田之稻穗已被收割,無處結露。

2177 詠山
 春者毛要 夏者䖝丹 紅之 綵色爾所見 秋山可聞
 春(はる)は萌(も)え 夏(なつ)は䖝(みどり)に 紅(くれなゐ)の 斑(まだ)らに見(み)ゆる 秋山(あきのやま)かも
 春者色萌黃 夏日翠䖝盎生意 今日見之者 點點斑駁染唐紅 綵色龍田秋山矣
佚名 2177

「萌(も)え」,此云萌黃。
「䖝(みどり)」,此云淺䖝。
「紅(くれなゐ)の 斑(まだ)ら」,原文「綵色」者,古本『玉篇』云「鄭玄曰,有采文也。」色彩斑駁之狀。
按『萬葉集』中,もみぢ書黃葉者有八十八例,佔大宗。書紅、赤者各一例。於唐土六朝、先秦時期亦以黃葉為主,鮮見紅葉之曲。

2178 詠黃葉 【卌一第一。】
 妻隱 矢野神山 露霜爾 爾寶比始 散卷惜
 妻隱(つまごも)る 矢野神山(やののかむやま) 露霜(つゆしも)に 匂始(にほひそ)めたり 散(ち)らまく惜(を)しも
 金屋藏嬌兮 籠妻矢野神山者 今逢露霜摧 始染唐紅艷似錦 度其將零甚可惜
柿本人麻呂 2178

「妻隱(つまごも)る」,以用於籠妻「屋(や)」,作為地名「矢野(やの)」之枕詞。
「矢野神山(やののかむやま)」,所在未詳。神山指神所鎮座之山、祭之為神之山。
「匂始(にほひそ)めたり」,「匂(にほ)ふ」表散發朱赤之意。

2179 【承前,卌一第二。】
 朝露爾 染始 秋山爾 鍾禮莫零 在渡金
 朝露(あさつゆ)に 匂始(にほひそ)めたる 秋山(あきやま)に 時雨莫降(しぐれな)ふりそ 在渡(ありわた)るがね
 今逢朝露摧 始染唐紅艷似錦 龍田秋山矣 還冀時雨莫紛降 在其紅葉綵色間
柿本人麻呂 2179
 右二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。

「在渡(ありわた)るがね」,「在渡(ありわた)る」表現在狀態(紅葉)之持續。「がね」乃希求。

2180 【承前,卌一第三。】
 九月乃 鍾禮乃雨丹 沾通 春日之山者 色付丹來
 九月(ながつき)の 時雨雨(しぐれのあめ)に 濡通(ぬれとほ)り 春日山(かすがのやま)は 色付(いろづ)きにけり
 身逢九月秋 長月時雨雨所零 漬濡濕漉漉 青丹寧樂春日山 斑斑添色染唐紅
佚名 2180

「濡通(ぬれとほ)り」,將春日山擬人之表現。

2181 【承前,卌一第四。】
 鴈鳴之 寒朝開之 露有之 春日山乎 令黃物者
 雁(かり)が音(ね)の 寒朝明(さむきあさけ)の 露(つゆ)ならし 春日山(かすがのやま)を 匂(にほ)はす物(もの)は
 蓋是雁鳴之 泣聲冷冽晨曦時 朝明露霜哉 所令寧樂春日山 添色黃變絢麗者
佚名 2181

「匂(にほ)はす物(もの)は」,染上赤色。原文「令黃」者,舊訓「黃變(もみ)たす」,『後撰集』秋下377亦有「雁なきて 寒き朝の 露ならし 竜田の山を もみたす物は」之曲。https://blog.goo.ne.jp/taketorinooyaji/e/01e48eded1c7ae12f13343e86ce46ce2此則依元曆校本作「匂(にほ)はす物(もの)は」。

2182 【承前,卌一第五。】
 比日之 曉露丹 吾屋前之 芽子乃下葉者 色付爾家里
 此頃(このころ)の 曉露(あかときつゆ)に 我(わ)が宿(やど)の 萩下葉(はぎのしたば)は 色付(いろづ)きにけり
 比日近頃時 拂曉露玉置葉間 吾宿屋前之 秋萩下葉受露催 已然黃變添新色
佚名 2182

「曉露(あかときつゆ)に」,夜中天未明時所結置之露。
「萩下葉(はぎのしたば)は」,下葉乃被遮掩、人目所不見之葉。萩葉往往自下葉之周緣開始轉黃。
類歌2213