カーウィンの本棚

カーウィンの本棚

メリット氏は恐ろしい物を実際に農場で見た訳ではない事を認めてはいるが、カーウィンが魔術・錬金術・神学に関わる特別な蔵書を居間に揃えていて、それらの書名を見るだけでも嫌悪の念に圧倒されたと主張した。しかしそうした書物を見せる時にカーウィンが浮かべた表情が、恐らくメリット氏に偏見を抱かせたのだろう。この異様な蔵書は、メリット氏が驚くというより羨望を感じた標準的書物のほかに、カッバーラー学者・悪魔学者・魔術師としてしられた人物の著作をほぼ総て網羅しており、錬金術占星術と言った摩訶不思議な領域い於ける伝承の宝庫と呼ぶべき物だった。ヘルメス・トリスメギストスのメスナール版『賢者の群』、ゲベルの『探究の書』、アルテフィウスの『知恵の鍵』と言った書物の総てがあり、カッバーラーの『ゾーハル』、ビーター・ジャムの編集した『アルベルトゥス・マグヌス著作集』、ライモンドゥス・ルルス『最大窮集の術』のツェツナー版、ロジャー・ベイコンの『化学宝典』、フラッドの『錬金術の鍵』、トリテミウスの『賢者の石について』が犇いているのだった。中世ユダヤ人やアラブ人の著作も多数有り、目に付くように『イスラムのカノン』と標題の付された美しい書物を手に取ったメリット氏が青ざめたのは、これが実際には狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードの著わたし禁断の『ネクロノミコン』であって、マサチューセッツ湾に面する異様な小漁村キングズポートで数年前に名状し難い儀式が摘発された後、『ネクロノミコン』に纏わる凶凶しい事が囁かれたのを耳にしていたからだった。

ラブクラフト「チャールズ・デクスター・ウォード事件」より

禍禍しい書物を満ち溢れる本棚を拝めるのは無論、クトゥルーの醍醐味といって構いませんでしょう。定番の『ネクロノミコン』は兎も角、ヘルメスの『賢者の群』を初め、読みたくて仕方ない書物が多くありまして羨ましい限りです。



Dies irae~Acta est Fabula~ メモ

「逃げ...なさい...」

早く、早く、今すぐに、この場から逃げるのだ。

既に第七のスワスチカは開いている。
残るは一つ、それなれば──

死に至るその刹那、暗黒に落ちる意識の中でトリファは聞いた。彼の声を。



「その名に相応しき歌劇だった。卿の狂気(せいぎ)、約定通り見届けたぞ」

アレがこの身に墜ちてくる。駄目だ、駄目だ──これでは総てが。

「我が一部(レギオン)と成り、永久に安らげ」


「お、おぉ、おおおおおおおおおおおおおォォォォォ────ッ!」
「────ッ!?」

断末魔の絶叫と共に、トリファの魂が肉体から遊離していく。
いや、それだけではない。

「金色の.....闇?」

祭壇の遥か上。血涙を流すマリア像と血錆びていく十字架を覆うように、黄金の混沌が蠢き、脈打ち、胎動している。

獣のように、悪魔のように、百万を超える血と鋼鉄と肉と骨──それは正しく戦争の化身であり、凝縮された一つの地獄に他ならない。

墜ちてくる。
光を避ける黄金が、愛すべからざる光がこの世界を埋め尽くさんと墜ちてくる。

「逃げろ......逃げるのです、レオンハルト....」
「──猊下ッ?」

黄金の地獄に貪り食われていく神父の顔は、螢の知る彼ではなかった。
優で線の細い男性であるという事だけは共通しているものの、その頬がこけ、目は落ち窪み、、まるで老人のような幽鬼の顔──
犯した罪と嘆きに磨り減って、もはや狂うことでしか自己を保てなかった哀れの男の、成れの果て。

あれがヴァレリア・トリファの魂なのか?ではこれは──
今目の前にあるこの肉体──聖餐杯は誰のものだ?

「私は、後悔などしていない。私は、幾度生まれ変わろうと私にしかなれない。詫もしないし、許しも請わない。ですがどうか、レオハルト、我が娘よ......今すぐに逃げて......逃げ続けなさい。例え一秒でも、一瞬でも。ハイドリヒ卿を斃す事など誰にも出来ない」


「ふふ、ふふふは、ふははははははははははははははははははははははは──」

聖堂を覆い尽くす獣の哄笑。神父の魂は黄金に飲み込まれ、うねりの一つとなり消えていく。
彼は破壊公。この世に生まれた最大最強、最悪の魂。

「愛、夢、希望、信頼、友情、義心、労わり.....美しい!見事也聖餐杯、レオハルト、ヴァルキュリア、ドバルカイン──卿ら皆、我が爪牙として永久に生きよ。昔日の約束した祝福を与える。皆、我が内で渦巻くがいい」

爆発する声と共に、燃え滾る黄金が聖餐杯へと墜ちてくる。螢はそれで総てを悟った。

「これが──この肉体(うつわ)がハイドリヒ卿!?」

道理で壊せぬ訳だ、不滅な訳だ。
総軍を超える魂の器であり、恐らくは水星によって桁違いの防盾を十重二十重に張り巡らせた神の杯。
これに宿ることにより、ラインハルト・ハイドリヒはこの現世に舞い戻る。

クリストフが自虐し、ブレンナーが目を逸らし、貴様はふらふらとうろつくばかり。今も昔も進歩がない。下種と間抜けと阿呆共が

―――Jawohl Fräulein Walküre―――(承知しましたよ、お嬢さん。)

「War es so schmahlich(私が犯した罪は)―」
自戒と自嘲と少しの自虐、そして多分に冗句を織り交ぜて綴った詠唱(うた)を。


「ihm innig vertraut-trotzt'ich deinem Gebot,(心からの信頼において あなたの命に反したこと)」
きっと将来、そんな事が起きるのかもしれないと、あれは予感だったか既知感だったか。


「Wohl taugte dir nicht die tor ge Maid,(私は愚かで あなたのお役に立てなかった)」
故、其の時は、眠りの刑に服しましょう。
私を目覚めさせた英雄に、この剣と命を捧げましょう。
だけど──
あなたを超える者でなければ、私は誰にも従わない。


「Auf dein Gebot entbrenne ein Feuer;(だから あなたの炎で包んでほしい)」
誰も私に近づけないよう、あなた以外のものにならないよう。
例え出来の悪い駄目な部下でも、私を譲らないと言って欲しい。


ああ、今思えばなんて青臭い少女趣味。口にするのが恥ずかしくなる。


「Lb' wohl, du kuhnes, herrliches kind!(さらば輝かしき我が子よ)」


だから、まさか今のあなたが、こんな夢見る乙女の戯言なんかに、乗ってくれるとは思わなくて。
少し嬉しく、そしてかなり恥ずかしく、未だに貴様は小娘なのだと、思われるのは嫌だと感じ──


「ein brautliches Feuer soll dir nun brennen, wie nie einer Braut es gebrannt!(ならば如何なる花嫁にも劣らぬよう、最愛の炎を汝に贈ろう)」
このベアトリス・キルヒアイゼンが、ブリュンヒルデと違う所を見せねば成らない。
私は眠りから目覚めましたよ、ヴィッテンブルグ少佐。
如何なる炎をも突き破る剣として──今こそあなたを救ってみせる!


「wer meines Speeres Spitze furchtet, durchschreite das feuer nie!(我が槍を恐れるならば この炎を越すこと許さぬ)」


「Briah(創造)―!」


剣が、身体が、魂が、戦神の稲妻へと変生する。
それは無明の戦場を照らす為、願い祈った彼女の渇望(ルール)。
血と硝煙に染まった空の下、数多の同胞が道を見失う事などないように。
敬愛する上官の理想が輝くように。
闇を切り裂く閃光に──英雄たちを栄光(ヴァルハラ)に導く戦乙女に成りたい。
その高潔な祈りこそ彼女の創造(せかい)だ。偽槍に囚われ、自己を失っていた状態のそれとは比べる物にならない。
四代目トバルカインであった時とは、もはや何もかも違っていた。


そう、それこそ本来の──


「Donner Totentanz(雷速剣舞)―」


雷速剣舞であり、戦姫の舞踏。
半端な銃弾なんかでは、追い抜き追い越し透過する。


「Walkure(戦姫変生)!」


たとえどんな戦場(ほのお)であろうと、今の彼女は燃やせない。

新撰姓氏録
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/mokuroku/syoujiroku/syoujiroku.htm
神別完成。諸蕃更新中。


■サブキャラ紹介ページ(予定地)
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/explain/meisi/occult/dies_irae/char/sub_chara.htm