魔道書ネクロノミコン

■魔道書ネクロノミコン

魔道書ネクロノミコン完全版

魔道書ネクロノミコン完全版

読了。
ラブクラフト及びクトゥルフ神話に関わる著作を読んだことある人には、必ず気になる書物は『ネクロノミコン』だと言って差し支えないと思います。事実、宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)に忠実しないと思われるオーガスト・ダーレスの元に、大勢の人が「『ネクロノミコン』は実際したのか?」と質問の手紙を送ったといいます。案の定、無かったら作り上げようと思う人が出て、1946年にニューヨークの古書店の冗談から、1973年にアウルズウィック・プレスによるアラビア風文字で意味不明な贋作を出版したにいたった。そしてジョージ・ヘイによる本書は1978により上梓、2004年に引用文章を全て盛り込んだドナルド・タイスンのアルハザードの放浪も出版する事にいたりました。
私はジョージ・ヘイの『ネクロノミコン』と『ルルイエ異本』*1を合わせた『魔道書ネクロノミコン完全版』をドナルド・タイスンの『ネクロノミコン アルハザードの放浪』と共に購入致しました。『ネクロノミコン アルハザードの放浪』の方を先に読みましたのですが、満足に至らなかったことを先に書いておきましょう。そしてこの本は本物の『ネクロノミコン』とは言えずものの、かなり私のツボに嵌っちゃった事は疑問なし確実なことです。純然たるグッズに位置付けのアウルズウィック・プレスによる『アル・アジフ』を別として、大瀧啓裕も指摘したように、ネクロノミコン偽書を作り出そうとすれば、二つの方法があります。一つは、設定に忠実する正攻法でアルハザードの放浪はそれに当たる。もう一つは、魔道書ネクロノミコンの方法論になります。『ネクロノミコン アルハザードの放浪』は、なるほど引用文章を全て盛り込んだところで小説に読み覚えのあった文言を見つけて楽しむことがありますが、その出来方は偽書作者の思うままにより、極めて不確さが高いなのです。全体的には私が考えた『ネクロノミコン』とはかなり離れてます。
では本書はどんな方法論をしているのかと言いますと、真面目に、仮設、論証、懐疑、排除、可能性を絞り、龐大かつ厳密の論法で『ネクロノミコン』の姿を迫ることです。いわば、学術研究の方法論だと言って構いません。そのために、作家・評論家・魔術研究家・批評家の集まりが、恰もラブクラフトの「紳士気質なエリート集団像」に合致し、まるでコズミック・ホラーにおいで禁断の知識を探求したくてやまないインテリ達のようです。本書の楽しめる方は、『断章』でも『ルルイエ異本』でもなく、むしろコリン・ウィルソンの壮大なる序文から始、色々な論考が重点であります。
ただの偽書作りになんでそこまでやるんだ、と思われるかもしれませんが、この過程こそ、フィクションを現実に孵化させようとしてる作業に他ならないと思います。『帝都物語外伝〜機関童子』には脳の子どもとして、フィクションが依代を得ることで現実に生まれ変わることを述べていました。

「コンピュータ・ネットワークの中に、デルフォイという小説がはいっているの。これは有名なボイジャ―社が実験的に作ったファイルだけれど、そこに書かれた小説に対して、誰でも書き加えができるの。唯一のルールは、既に書かれた文章を一行も削除してはいけない、という事だけ。これがネットワーク・フリークたちの話題になってね、僅か一年で膨大な長編小説に膨れ上がったのよ。私も最初からこの実験に参加したんだけれど、一番基になった小説って、どんな物だか想像がつく?」
 高山は、スープを啜り、かぶりを振った。
「……でしょうね。教えるわ。最初の文章はね、たったの一行なのよ!”彼は生まれた。” と、これだげなの。たった一行の文章。ところが世界中の人たちがデルフォイに参加して、次々に文章を加えていったわ。一年経った今では、そうねぇ、文庫本にすると五千べージにはなる大長編でしょう。おまけにマルチメディアだから、映像も音楽もはいっているのよ」
「どういう話になっているんだ?」
 そう問われて、慶間泰子は少し考えこんだ。そろそろ昼食の客が引きあげ始めている。
「ストーリーは複雑だね。でも、確実に言えるのは、フィグションが現実に近づぎつつある事よ。〘彼が生まれた〙の彼は、すぐに名前がついた。ダビディアンっていったかしらね。この男の家系が与えられ、そのうちに肖像もでき、あっという間に四十歳までの経歴がつくりあげられた。まるで、コンビュータのなかで一人の人間を育てあげていくようにね──」
 高山は、パスタを平らげにかかっていた。しかし、どうしても反論しなければいけなくなったので、バスタを吹きとばしながら、横槍をいれた。
「だが、それはフィクションの精度があがり、繊密になっただけの事だ。現実に近づいたとはいえないよ」
「ところがそうじゃないのよ。これはつい最近の出来事で、一時話題になったのだけれど、デルフォイに参加している人びとのうち、主人公ダビディアンの家系と条件が合致している人が何人か、生まれてぎた自分の子に、ダビディアンという名をつけたのよ!」
「何だって!」
 高山は、口元に運びかけたフォークを止めた。
 慶問泰子は眉間に鞭を寄せ、話をつづける。
「実は日本人にも一人いるの。自分の子をコンピュータ小説の主人公そのままに育てていこうという親がね」
「だって、きみ!」
「でも、現実とフィクションの境界との間が狭まっているのよ。現代は、そういう時代なの」
 高山は彼女の話を打ち消そうとして、声を荒だてた。
「現実に生まれた子を、なにも小説の通りに育てなくたって!」
「小説はね、脳が記号を使って生みだした脳の子なの。情報だけの子といってもいいわ。ここ十年ほどで進行したコンピュータ社会は、この情報を育てる新しい哺育器になりつつあるのよ──そう、なんと言えばよいか、そのまま現実世界へ移しても、十分にやってい
ける程リアルに、情報を育てあげることができるの。コンピュータのなかのダビディアンは、情報環境というバーチャルな子宮を抜けでて、現実世界に産みたされても問題ないだけ、成熟してきたのよ」
 高山は、少し口をつぐんだ。つとめて冷静になろうとした。しかし、どうしても気分が収まらなかった。
「もう一つ訊くよ。慶間、この『帝都物語』という昔の小説も──つまり、そのデルフォイと同じような役割を果たしつつあるというのか?ぼくの受けもつ四人の患者に?」
 慶間泰子は眉間を狭め、目つき鋭くさせた。
「多分ね。加藤保憲を小説の主人公と見縊ってはいけないわ。あれも──脳の子どもなのよ。そして、もしも加藤が現実世界に誕生できる程のリアリティを獲得したら──」
「待て!」
 と、高山が言葉を遮った。
「つまり君は、あの化けものみたいな行進を繰り返している四人組が、情報の哺育器となって、加藤保憲というフィクションを現実に孵化させようとしている。そう主張したいんだな?」

荒俣宏帝都物語外伝〜機関童子』P65〜68

コリン・ウィルソンの知識が脱帽もので、オカルト学、悪魔学、心理学、神智学、文学を踏む、ケニス・グラントの著書を引用してラブクラフトの神話とアレイスター・クロウリイの神秘学思想とに類似性を指摘して、『ネクロノミコン』ではなくても、ラブクラフトが何か魔術の原典を使ったのではないかとの仮説を立ちだしました。ですが残念ながらラブクラフトの家族環境、もといラブクラフトの書簡で示したとおり、ラブクラフトはホラーを書きずつも本人は至って現実合理主義者ないし唯物論者、オカルトなど信じないと公言しています。事実、いくつの小説ではオカルテストなら間違うわけない間違いを起こしたわけです。ですが、同じくオカルテストでなければ分からないはずのものも多くあります。交友状況から考えてもこういうアドバイスができる友人がないといっていいほどです。そして、グラントの著作を細かく読むにつれ、ただの偶然では説明できないクロウリイ説の共通性には疑問を高まり、*2ロバート・ターナーとの接触によって何らかの原典が存在したはずだと二転三転でまた原典探すことを再開しました。居いくつの可能候補をだしたのですが、論証につれ可能性が潰され、心苦しい探求過程が伺えます。最後定着したのは、ネクロノミコンを英訳したジョン・ディー博士が残した暗号文書でそれを解読したのは本書であるといいます。
ここで断らなければならないのは、本書はやっぱり偽書です。この風に信憑信極め高い偽書作りだす過程を楽しむのは良いですが、恐らく大半の人はその序文を読みながら不意にこれは本物だと信じ込んでしまうのでしょう。事実と偽りの混在、才華溢れる作者群によって齎す作者の全能感*3、極めて質の高い論証が読者の目を暗し、真実と見極める鍵を見落とす虞があります。例え単なるコレクショングッズとして作られたアウルズウィック・プレス版『アル・アジフ』でさえ、原典の候補を探す頃、ラブクラフト伝の作者スプレイクがインド・中東の旅において”アル・アジフ”はアラビア語で本当はどんな意味なのかと尋ねた所で遺物管理局の官吏がこういう名の写本があると告け、それを高額で購入したら偽物だったと判明して、仕方なくグッズとして出版することになった物語を付き加えてました。どうして一度『ネクロノミコン』には原典ある考えを放棄したコリン・ウィルソンが再びその可能性を拾い上げたのか?それはラブクラフトの父であるウィンフィールド・ラヴクラフトはエジプト・フリー・メイスンのメンバーだったという決定性の情報によります。ここは個人にも関心を寄せるカリオストロに関わる記事なのでをメモせせて頂きます。

 ウィンフィールド・ラヴクラフトは優秀なセールスマンで、もっぱらポストソで働いていたから、フリー・メイスンの一員であったことは当然視してよいだろう。しかしエジプト・フリー・メイスンとなると、まったく別の話になる。たいていの歴史学者が意見を一致させていることだが、フリー・メイスンは古代エジプトに発している メイスンは神殿の建築家や職人の「ギルド」だったのだ。しかしエジプト・フリー・メイスンは、悪名高い魔術師にして詐欺師のカリオストロ「伯爵」によって、一七七八年頃に創始──あるいは復興──された組織である。カリオストロは一七七七年四月にロンドンでフリー・メイスンのエスペランス・ロッジに入団した。カリオストロの主張するところによれば、その後まもなく、メイスンがエジプトに存在した当時の最初の形態を記した写本を購入したという。こうしてカリオストロは自分がエジプトのメイスンであると宣言して、転向したことをヨーロッパじゅうに広めた。ライブツィヒでは、メイスンの宴会のあと、エジプトの典礼を採用しないなら「神の御手」を感じることになるだろうと、ロッジの代表者に告げた。その人物が数日後に自殺すると、カリオストロの予言が成就したのだと噂され、エジプト・フリー・メイスンが俄かに重視されるようになった。もっとも懐疑的な伝記作家さえも、エジプト・フリー・メイスンに対するカリオストロの熱中が衷心からのものであったことには、まったく疑いを挟んでいない。
 七年の間、カリオストロの運勢の星は上向いていた。そしてダイアモンドの首飾り事件が起こり、カリオストロの友人の口アン枢機卿が、モット・ヴァロア伯爵夫人の信用詐欺のかもにされたのである。カリオストロは共犯者として裁判に掛けられたが──そうではなかったので──無罪をいいわたされた。しかし法廷での莫迦げた振舞いと、法廷で読み上げた途方もない「わが人生の物語」によって、カリオストロは人の物笑いになり、ロンドンに追放された。カリオストロはローマに行くという過ちを犯し、フリー・メイスンとして逮捕され、一七九五年にローマの土牢で獄死した。しかしその時には、フランス革命が起こっていて、貴族の何千人もがテロによって死に、何百人かがアメリカに逃亡していた。明らかにこうした貴族のなかに、カリオストロがエジプト・フリー・メイスンに入団させた者が数多くいたはずだ。
 その後カリオストロは根本的に詐欺師であったと決めつげられている。しかしわたしが『オカルト』で指摘したように、カリオストロは本物の力を備えた「魔術師」でもあったのだ。この力には千里眼、予言、治癒力がふくまれる──治癒の力は極めて発達していた。
 エジプト・フリー・メイスンと通常のブリー・メイスンの違いは何だったのだろうか。幸いにして、わざわざ考察するには及ばない。A・E・ウェイトが『フリー・メイスン新百科事典』(一九二三年)でエジプト・フリー・メイスンを詳しく説明しているからだ。カリオストロが最初にロンドンで入団した、さほど秘教的な物ではないメイスンについては、W・R・H・トロウブプリッジのカリオストロに関する著書(一九一○年)に記されている。カリオストロは他の「兄弟」たちのいるところに導かれ、天の意志に従うことを象徴して、ロープでもって天井に引き上げられた。次に目隠しをされ、弾のこめられた拳銃を手渡され、頭を撃ち抜くように命じられた。当然のようにカリオストロが躊躇うと、宣誓するようにと命じられ、上級者には黙従するという誓いを立てさせられた。再び拳銃──今度は弾が抜かれている──を手渡されると、カリオストロは震える手で銃口を額に当て、引金を引いた。同時に別の拳銃が発砲され、カリオストロは頭を殴られた。そして目隠しが外され、カリオストロはメイスンの一員になったことが認められた。
 明らかにエスペランス・ロッジの典礼は、粗野なものだとは言わないまでも、かなり単純なものであった。カリオストロのエジプト・フリー・メイスンの典礼はまったく異なっていた。入団志願者は通常のメイスンの団員でなければならない。部屋に一人ぎりで残されるが、この部屋にはビラミッド、恐らくはケオプス王の大ビラミッドの絵が描かれていて、この絵の前で瞑想しなければならない。次に扉を七回ノックしたあと、玉座のまえに招かれて、白衣に身をつつむマスターから、極めて長い講話を聞かされる。この講話は十六の部門に分かれ、自然及び超自然の哲学から始まって、ソロモンがメイスンの組織の礎を築いたことや、「オカルトの力の使用」等が含まれる。
 こういった事から、通常のフリー・メィスンと。エジプト・フリー・メィスンの違いが明らかになる。通常のフリー・メイスンが過去においても現在においても、純然たるキリスト教の変種であるのに対し、エジプト・フリー,メイスンはへルメース学──即ち魔術──を土台にしているのだ。ソロモンは神殿を建築しただけではなく、伝説的な魔術師でもあり、有名な中世の魔道書、『ソロモンの鍵』を著したとも言われている。さらに言えば、伝説上の魔術の創始者ヘルメース・トリスメギストスは、エジプトの出身であって、エジプトではトートと呼ばれていた。もっとも名高い魔術と神秘主義の集大成である『へルメース文書』(有名な『エメラルド板』を含む)は、三重に偉大なへルメースの作とされる(現在では『ヘルメース文書』の大半が紀元二世紀に著された事が分かっている)。
 こういった理由から、カリオストロはエジプト・フリ1・メイスンが通常のブリー・メイスンよりも優れていると思いこんだのだ。魔術と「オカルト哲学」の両面で、その起源にまで遡るものだからである。通常のフリー・メイスンの団員は聖書をよく知っていなければならない。エジプト・フリー・メイスンの団員は、占星術錬金術、神秘哲学、典礼魔術について、いくばくかの知識をもっていることが求められる。カリオストロ本人はこれらすべてについて──多くではないにしても──知識をもっていた。マスタ―は相当の知識をもっていなければならない。
 カリオストロの死後一世紀を経て、魔術の伝統が驚くべき復活を遂げた。突如として、魔術が再び真摯な研究の対象となったのである。フランスでは、エリファス・レヴィの著作、ことにタロッキをユダヤのカッバーラーに結びつげる『超越魔術』が、途方もない刺激を与えた。黄金の暁教団の創設者の一人であるマグレガー・メイザーズは、『ソロモンの鍵』と『魔術師アプラ=メリソの聖なる魔術』を英訳した。ありとあらゆる異様なフリー・メイスンの分派がイギリス中に誕生した。その一部──例えばメンフィス大ロッジやエジプト・ヘルメース団──は、明らかにカリオストロのエジプト・フリー・メイスンの流れを汲んでいる。『ロイアル・メイスン百科事典』を編纂した奇矯な学者、ケニス・マッケンジイは、パリに行ってエリファス・レヴィの前に膝まづき、エジプト・ヘルメース団についての教えを受けたという。
 要するに、世紀末には魔術とフリー・メイスンが密接に結びついていたのである。そしてそのように結ぴつげたのが、ほかならぬカリオストロであった。

『魔道書ネクロノミコン』P72〜76

ラブクラフトの父であるウィンフィールド・ラヴクラフトはエジプト・フリー・メイスンのメンバーだったという事実はもちろんありませんが、そのエジプト・フリー・メイスンに関わって綿密な考証や知識の奔流が読者を圧倒して、木を林の中に隠す偽書作り手の力業に脱帽致します。留意すべきなのは、他色々論考を踏んだものの、”ウィンフィールド・ラヴクラフトはエジプト・フリー・メイスンの者だった”という一点では甘いところです。情報元が良く分からないし、調察協力したヒンターシュトイザー博士は情報元をつけとめても諸多の理由で明言出来ないし、そもそもまもなく死んでしまったヒンターシュトイザー博士そのひとが胡散臭いです。*4ですが、いつも厳密な考証を行った作者らでしたから、ここもかかれて居なかったが彼らにそれなり納得のいく証拠があるだろうかという錯覚を成功に作り上げました。*5
なお、続篇の序も同じくコリン・ウィルソンによるもの。ここではアトランティスを中心に、スフィンクスの考古学的時代と文化学的時代との齟齬を論じ、かつその侵蝕は風蝕でもなく水蝕による特性が見出せることをふみ、古代の航海図にはオーパーツ紛い物の證拠をしめし、断章の序に論ずる範囲に留まらず考古学・文獻学、そして脳科学さえも論及しました。圧巻としかいいようがありません。
ロバート・ターナーは魔術研究家だけあって、『ネクロノミコン』註解、断章の還元、続篇註釈、続章の還元を魔術的見方で行いました。デイヴィッド・ラングフォードは暗号学を詳しく説明して、ジョン・ディー博士が残した暗号文書をどのように解読したのかを説明していただきました。同じく、仮説を立て、実験し、失敗、他の可能性の検討、データベースの建立、との繰り返しなのですが、例え暗号解読は出鱈目でもその方法論はかなりの読む価値があります。L・スプレイグ・ディ・キャムプがラブクラフトの故郷に訪れ、若いラブクラフトを良く知った聖職者にラブクラフトの幼い日の人物像を解明しました。クリストファー・フレイリングは「ネクロノミコンの夢」でラブクラフトの悪夢を取り上げ、アンジェラ・カーターは「ラブクラフトの風景」でラブクラフトが現実にその目で見た閉塞なる風景はどうのように夢にそして小説に作用したのかをせつめしていました。パトリーシャ・アーノルド「魔女の家での目覚める」では「魔女の家での夢」のタイトルからとり、ギルマンの真似事をして魔女狩の歴史や詩人の放浪、そして数学と妖術との関係、神秘生物の考証を行いました。アーノルド・アーノルドの「堕落した科学」は同名書物の簡略本のようで科学の知が有限であることを述べて、道理で説明できないのは我々がまだ道理をよく理解していなかったから、それを容易く否定すべきではないと述べていました。
最後に、大瀧啓裕による「ネクロノミコン」という言葉の考証も面白かったのです。Necronomiconの由来は、ラブクラフトによれば、ギリシャ語のΝεκρός(Nekros 死体) - νόμος(nomos 掟) - εικών(eikon 表象) の合成語でありますが、本当はギリシャ語として破綻していて、例の三語をギリシャ語として合成すれば、NecronomiconではなくNekronomeikonとなるはずです。NekronomeikonがNecronomiconになるのは、ギリシア語の転写ではなく、ギリシア語をラテナイズ(ラテン語化)する場合のみ成立します。ですから、Necronomiconは『アル・アジフ』をギリシア語に翻訳したテオドールス・ピレータースが書いた表題ではなく、テオドールス・ピレータースの『Nekronomeikon』をさらにラテン語に翻訳したオラウス・ウォルミウスがラテン語版に相応しいラテン語形に変換した物だといいます。ピレータースのギリシア語版は既に失って久しいから、ラテン語形の『Necronomicon』で定着するに至った訳です。
全体的は見所満載の本書なんです。興味のある方にはぜひお勧めたいと思います。以前、理想のオカルトと作品はどうするべきかと言いましたのですが、正にこの本はその体現だといえようと思います。

*1:ここの『ルルイエ異本』は便宜上の称呼でクトゥルフ神話群にある『ルルイエ異本』とは全くの別物です。

*2:ちなみに、Dies Iraeにはクトゥルフ神話と連想されそうな節がいくつありますが、正田崇氏がTwitterで「ガンダム」と「クトゥルフ」は全く知らないと公言したことがあります。と成れば、クロウリイ流のオカルトにかかわりがあるかもしれません。

*3:ないし読者の劣等感

*4:事実、虚構人物でした。

*5:偽書作りに興味ある方は、読者の賢い騙し方を是非ご覧になってください。