真字萬葉集卷九、万葉集試訳

■真字萬葉集 卷第九 雜歌、相聞、挽歌
https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m09.htm



万葉集試訳

1814 【承前,七首第三。】
 古 人之殖兼 杉枝 霞霏霺 春者來良之
 古(いにしへ)の 人植(ひとのう)ゑけむ 杉(すぎ)が枝(え)に 霞棚引(かすみたなび)く 春(はる)は來(き)ぬらし
 松柏誠蒼鬱 曩古之人所手植 老樹杉枝上 煙霞霏霺牽樹梢 蓋是春日既臨哉
柿本人麻呂 1814

「古(いにしへ)の 人植(ひとのう)ゑけむ 杉(すぎ)」,蓋指卷向山之杣山之杉。『人麻呂歌集』多有見松柏老樹而發懷古幽情之詩。

1815 【承前,七首第四。】
 子等我手乎 卷向山丹 春去者 木葉凌而 霞霏霺
 兒等(こら)が手(て)を 卷向山(まきむくやま)に 春去(はるさ)れば 木葉凌(このはしの)ぎて 霞棚引(かすみたなび)く
 伊人細腕兮 手纏枕之卷向山 每逢春日臨 煙霞霏霺凌木葉 飄然緩動邁林間
柿本人麻呂 1815

「兒等(こら)が手(て)を」,以戀人之手為枕。「卷向山(まきむくやま)」之枕詞。
木葉凌(このはしの)ぎて」,推開障礙物而前進。此云雲霞穿過樹林移動之狀。

1816 【承前,七首第五。】
 玉蜻 夕去來者 佐豆人之 弓月我高荷 霞霏霺
 玉限(たまかぎ)る 夕去來(ゆふさりく)れば 獵人(さつひと)の 弓月(ゆつき)が岳(たけ)に 霞棚引(かすみたなび)く
 玉剋魂極兮 誰彼黃昏日暮時 狩師獵人兮 弓月之岳峰嶺上 煙霞霏霺掛高天
柿本人麻呂 1816

「玉限(たまかぎ)る」,夕之枕詞。「限(かぎ)る」有微微發光之意,以朱玉之輝耀比喻夕日之淡光。
「獵人(さつひと)の」,弓之枕詞。

1817 【承前,七首第六。】
 今朝去而 明日者來牟等 云子鹿丹 旦妻山丹 霞霏霺
 今朝行(けさゆ)きて 明日(あす)には來(き)なむと 云子鹿丹訓(未詳) 朝妻山(あさづまやま)に 霞棚引(かすみたなび)く
 今朝離去而 明日之夕再將來 所謂子鹿丹 逢荑後居朝妻山 頂上煙霞懸霏霺
柿本人麻呂 1817

「明日(あす)には來(き)なむと 云子鹿丹訓(未詳)」,難訓。原文底本「來牟等 云子鹿丹」,元曆校本作「來年等 云子庶」或較接近原形。「來牟」則為「こむ」而「來牟」為「こね」,而其後未詳。或云,用以帶出「朝妻」之序。「朝妻」乃後朝替良人送行之妻。「明日(あす)」,古時以傍晚為一日之始,故其概指當晚。

1818 【承前,七首第七。】
 子等名丹 關之宜 朝妻之 片山木之爾 霞多奈引
 兒等(こら)が名(な)に 懸(か)けの宜(よろ)しき 朝妻(あさづま)の 片山崖(かたやまきし)に 霞棚引(かすみたなび)く
 欲以佳人名 相懸付之吾心躍 逢荑朝妻之 片山之崖急坂處 煙霞掛兮飄霏霺
柿本人麻呂 1818
 右,柿本朝臣人麻呂歌集出。

「兒等(こら)」,此乃對不夠親暱之年輕女性之稱呼。
「懸(か)けの宜(よろ)しき」,「懸(か)け」乃與之相關連。對於相遇尚不熟稔之女姓,希望能發展成以妻子稱呼的關係。
「片山崖(かたやまきし)」,山斜面之斷崖。

1819 詠鳥 【廿四第一。】
 打霏 春立奴良志 吾門之 柳乃宇禮爾 鷪鳴都
 打靡(うちなび)く 春立(はるた)ちぬらし 我(わ)が門(かど)の 柳末(やなぎのうれ)に 鶯鳴(うぐひすな)きつ
 搖曳隨風動 萬象復始春臨哉 吾宿屋戶前 楊柳枝頭末梢上 鶯鳴鳥囀報春暖
佚名 1819

「打靡(うちなび)く」,「春」之枕詞。
「我(わ)が門(かど)の」,「門(かど)」指門外面向道路之處。
「鶯鳴(うぐひすな)きつ」,「鳴(な)きつ」指即時、瞬間之事實,與表習慣、連續之「鳴(な)きぬ」有異。

1820 【承前,廿四第二。】
 梅花 開有岳邊爾 家居者 乏毛不有 鷪之音
 梅花(うめのはな) 咲(さ)ける岡邊(をかへ)に 家居(いへを)れば 乏(とも)しくも非(あら)ず 鶯聲(うぐひすのこゑ)
 暗香飄浮動 梅花所開此岡邊 家居於茲者 其音繞樑無所乏 報春鶯鳴鳥囀聲
佚名 1820

「家居(いへを)れば」,興室居此。
「乏(とも)しくも非(あら)ず」,「乏(とも)」於此指乏少。

1821 【承前,廿四第三。】
 春霞 流共爾 青柳之 枝喙持而 鷪鳴毛
 春霞(はるかすみ) 流(なが)るる共(なへ)に 青柳(あをやぎ)の 枝喙持(えだくひも)ちて 鶯鳴(うぐひすな)くも
 春霞飄霏霺 和之流動與共進 青柳發新䖝 喙持其枝啣彼梢 黃鶯出谷報春鳴
佚名 1821

「春霞(はるかすみ) 流(なが)るる共(なへ)に」,「共(なへ)に」表前述動作進行之同時。春霞流動概基於漢詩「流霞」之表現。
「枝喙持(えだくひも)ちて」,「喙(くひ)」乃以齒或喙啣物之狀。仙覺本作「啄」而元曆校本作「喙」。或有通用。

1822 【承前,廿四第四。】
 吾荑子乎 莫越山能 喚子鳥 君喚變荑 夜之不深刀爾
 我(わ)が背子(せこ)を 莫越山(なこしのやま)の 呼子鳥(よぶこどり) 君呼返(きみよびかへ)せ 夜更(よのふ)けぬとに
 親親吾夫子 莫令汝離莫越山 嶺間喚子鳥 願喚吾君令更歸 珍惜春宵夜更前
佚名 1822

「我(わ)が背子(せこ)を」,地名「莫越(なこし)」之枕詞。阻擋不令訪妻之夫婿離去。
呼子鳥(よぶこどり)」,或云郭公而未必如此。『萬葉集』中除1941一曲,皆作春鳴之鳥。
「夜更(よのふ)けぬとに」,接續取消助動詞ず之連體形ぬ之,有在...之前之意。

1823 【承前,廿四第五。】
 朝井代爾 來鳴果鳥 汝谷文 君丹戀八 時不終鳴
 朝堰(あさゐで)に 來鳴(きな)く貌鳥(かほどり) 汝(なれ)だにも 君(きみ)に戀(こ)ふれや 時終(ときを)へず鳴(な)く
 朝日晨曦時 來鳴井堰閑古鳥 貌鳥有心者 汝亦戀君不止哉 見汝常鳴無終時
佚名 1823

「朝堰(あさゐで)」,「堰(ゐで)」或稱「井堰」,堰止川水之處。多以石堆砌,而引川水至田畝之間。
「貌鳥(かほどり)」,未詳。按日葡辭書,或指閑古鳥(郭公)。
「汝(なれ)だにも」,「だに」有至少。其後省略「心あれ」。汝若有心者。
「君(きみ)に戀(こ)ふれや」,疑問條件語。
「時終(ときを)へず鳴(な)く」,永啼不歇。

1824 【承前,廿四第六。】
 冬隱 春去來之 足比木乃 山二文野二文 鷪鳴裳
 冬隱(ふゆごも)り 春去來(はるさりく)れば 足引(あしひき)の 山(やま)にも野(の)にも 鶯鳴(うぐひすな)くも
 籠冬日已久 新春去來萬象始 足曳勢險峻 高山平野遍地間 鶯鳴報暖盈六合
佚名 1824

「冬隱(ふゆごも)り」,春之枕詞。或云冬日隱籠,春日來兮。
「春去來(はるさりく)れば」,原文「春去來之」之「之」與「者」同義。

1825 【承前,廿四第七。】
 紫之 根延膻野之 春野庭 君乎懸管 鷪名雲
 紫草(むらさき)の 根延膻野(ねばふよこの)の 春野(はるの)には 君(きみ)を懸(か)けつつ 鶯鳴(うぐひすな)くも
 暉曜緋茜射 紫草根延膻野之 欣榮春野間 黃鶯慕君情難抑 來鳴迴蕩啼聲囀
佚名 1825

「紫草(むらさき)」,紫草科多年草本植物。其根可用作紫色染料。又「茜さす」乃紫之枕詞。http://www9.plala.or.jp/juken1/makurakotoba.htm
「根延膻野(ねばふよこの)の春野(はるの)には」,紫草之根所蔓延之膻野(地名),「の」字表同格。
「君(きみ)を懸(か)けつつ」,「懸(か)け」表繫心。

1826 【承前,廿四第八。】
 春之在者 妻乎求等 鷪之 木末乎傳 鳴乍本名
 春去(はるさ)れば 妻(つま)を求(もと)むと 鶯(うぐひす)の 木末(こぬれ)を傳(つた)ひ 鳴(な)きつつ元無(もとな)
 每逢春日時 黃鶯求妻探佳偶 鳴聲傳木末 梢間密林音繚繞 無由徒囀啼不止
佚名 1826

「春去(はるさ)れば」,原文「春之在者」,蓋以「されば」為「しあれば」之略。
「鶯(うぐひす)の」,末句「鳴(な)きつつ元無(もとな)」之主格。
「鳴(な)きつつ元無(もとな)」,無理由、吾原因、吾報償地徒然長鳴。無論主語為千鳥、蟬、蟋蟀,皆用以隱喻作者思戀佳人之哀慕之情。

1827 【承前,廿四第九。】
 春日有 羽買之山從 狹帆之內敝 鳴徃成者 孰喚子鳥
 春日(かすが)なる 羽易山(はがひのやま)ゆ 佐保內(さほのうち)へ 鳴行(なきゆ)くなるは 誰呼子鳥(たれよぶこどり)
 自寧樂春日 兩翼交疊羽易山 到於佐保內 鳴度大虛發聲啼 呼子鳥者喚誰哉
佚名 1827

「春日(かすが)なる 羽易山(はがひのやま)」,所在未詳。羽易指雙翼交疊之處,蓋指山形似此而言。
「誰呼子鳥(たれよぶこどり)」,其是呼喚何人之喚子鳥哉?類歌1713 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m09.htm#1713

1828 【承前,廿四第十。】
 不答爾 勿喚動曾 喚子鳥 佐保乃山邊乎 上下二
 答(こた)へぬに 勿呼響(なよびとよ)めそ 呼子鳥(よぶこどり) 佐保山邊(さほのやまへ)を 上下(のぼりくだ)りに
 既然無人應 還冀莫喚勤如此 嗚呼喚子鳥 來鳴佐保山邊間 高飛低翔巡弋矣
佚名 1828

「答(こた)へぬに」,無論呼喚幾回,皆無人應答。
「勿呼響(なよびとよ)めそ」,「響(とよ)め」乃令周遭回響之意。
「上下(のぼりくだ)りに」,鳥在周遭時高時低飛翔之狀。

1829 【承前,廿四十一。】
 梓弓 春山近 家居之 續而聞良牟 鷪之音
 梓弓(あづさゆみ) 春山近(はるやまちか)く 家居(いへを)れば 繼(つ)ぎて聞(き)くらむ 鶯聲(うぐひすのこゑ)
 梓弓引弩張 春山之畔山麓邊 若家居於此 續而聞哉不絕耳 黃鶯報暖啼囀聲
佚名 1829

「梓弓(あづさゆみ)」,以「張(はる)弓」而為「春(はる)」之枕詞。『古今和歌集』多有「梓弓 春山の邊」之語,而『萬葉集』僅此一例。
「家居(いへを)れば」,假定條件語。
「繼(つ)ぎて聞(き)くらむ」,「らむ」乃基於習慣事實之推良助動詞。
「鶯聲(うぐひすのこゑ)」,接續第四句之倒置用語。

1830 【承前,廿四十二。】
 打靡 春去來者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鷪鳴毛
 打靡(うちなび)く 春去來(はるさりく)れば 篠末(しののうれ)に 尾羽打觸(をはうちふ)れて 鶯鳴(うぐひすな)くも
 搖曳隨風動 向榮新春臨來者 篠末竹梢之 尾羽輕觸越林間 黃鶯報暖發聲鳴
佚名 1830

「打靡(うちなび)く」,春之枕詞。草木受風搖曳之狀。
「尾羽(をは)」,尾與翼。

1831 【承前,廿四十三。】
 朝霧爾 之努努爾所沾而 喚子鳥 三船山從 喧渡所見
 朝霧(あさぎり)に 濕霑(しのの)に濡(ぬ)れて 呼子鳥(よぶこどり) 三船山(みふねのやま)ゆ 鳴渡(なきわた)る見(み)ゆ
 晨曦霞霧漫 煙雲濕霑身所濡 嗚呼喚子鳥 自於三船山而來 鳴渡之狀今可見
佚名 1831

「濕霑(しのの)に」,遭雨露沾濕之狀。
「三船山(みふねのやま)ゆ」,「ゆ」表經由點。
「鳴渡(なきわた)る見(み)ゆ」,「見ゆ」為承接上句狀態持續之狀。

1832 【承前,廿四十四。】
 打靡 春去來者 然為蟹 天雲霧相 雪者零管
 打靡(うちなび)く 春去來(はるさりく)れば 然(しか)すがに 天雲霧(あまくもき)らひ 雪(ゆき)は降(ふ)りつつ
 搖曳隨風動 向榮新春臨來者 雖茲然為而 天雲蔽空霧一面 零雪紛紛仍未止
佚名 1832

「春去來(はるさりく)れば」,此句之「ば」乃表示後句「雪(ゆき)は降(ふ)りつつ」之意外性的逆接用法。
「然(しか)すがに」,雖云如此,逆接接續詞。
「天雲霧(あまくもき)らひ」,「霧(き)る」之繼續態。

1833 【承前,廿四十五。】
 梅花 零覆雪乎 裹持 君令見跡 取者消管
 梅花(うめのはな) 降覆(ふりおほ)ふ雪(ゆき)を 包持(つつみも)ち 君(きみ)に見(み)せむと 取(と)れば消(け)につつ
 清雅梅花上 零來降覆沫雪者 今欲以手取 裹持將來令君見 無奈一觸逝無蹤
佚名 1833

「包持(つつみも)ち」,蓋指以衣袖包裹。
「取(と)れば消(け)につつ」,1116有「天露霜(あまのつゆしも) 取(と)れば消(け)につつ」之語。

1834 【承前,廿四十六。】
 梅花 咲落過奴 然為蟹 白雪庭爾 零重管
 梅花(うめのはな) 咲散過(さきちりす)ぎぬ 然(しか)すがに 白雪庭(しらゆきには)に 降頻(ふりしき)りつつ
 清雅梅花矣 花開花謝已盛過 雖如此為然 然見庭中沫雪者 頻降紛紛積皓白
佚名 1834

「咲散過(さきちりす)ぎぬ」,「過」乃時期已逝、時機不對之意。
「降頻(ふりしき)りつつ」,「頻(しき)る」乃多重之意。

1835 【承前,廿四十七。】
 今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎
 今更(いまさら)に 雪降(ゆきふ)らめやも 陽炎(かぎろひ)の 燃(も)ゆる春邊(はるへ)と 成(なり)にし物(もの)を
 時節至今更 天上沫雪豈零哉 陽炎蜻火之 燎火燃兮裊煙起 更新春日已至矣
佚名 1835

「陽炎(かぎろひ)の 燃(も)ゆる春邊(はるへ)と」,「陽炎(かぎろひ)」乃「陽炎(かげろふ)」之古形,由「魂極(たまかぎ)る」之「極(かぎ)る」+「火(ひ)」所組成。「燃(も)ゆる」表火焰或裊煙沖天之狀。「春邊(はるへ)」之「邊(へ)」表時節。
「成(なり)にし物(もの)を」,「物(もの)を」乃逆接接續助詞,但與禁止、取消、反語語句相連則亦可為順接,此為其例。

1836 【承前,廿四十八。】
 風交 雪者零乍 然為蟹 霞田菜引 春去爾來
 風交(かぜまじ)り 雪(ゆき)は降(ふ)りつつ 然(しか)すがに 霞棚引(かすみたなび)き 春去(はるさ)りにけり
 交雜東風間 沫雪乍零降紛紛 雖如此為然 煙霞棚引懸霏霺 佐保春日既臨矣
佚名 1836

「風交(かぜまじ)り」,原文「風交」,而0892原文作「風雜」,中古歌集或訓「風交(かぜまぜ)に」,亦可訓作「風交(かぜまじ)へ」。


1837 【承前,廿四十九。】
 山際爾 鷪喧而 打靡 春跡雖念 雪落布沼
 山際(やまのま)に 鶯鳴(うぐひすな)きて 打靡(うちなび)く 春(はる)と思(おも)へど 雪降頻(ゆきふりしき)ぬ
 遙遙山際間 黃鶯報暖鳴聲喧 聞彼報暖者 以為打靡春既至 豈料零雪仍頻降
佚名 1837

「山際(やまのま)に」,「際」有之間、邊畔、境界等意。此作之間解。