休日の筈だったけど、一日中、実験と講義の製作に無くなってしまった。
■嗚呼
http://phpbb.miko.org/viewtopic.php?t=339
たちゃなさんに言われてしまった...
■菅家文草
http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
180 聞蟬 夏日四絕第二
寒蟬幸得免泥行 危葉寄身露養生 猶恨淒涼風未到 不能一旦自無聲
■古今和歌集假名序
http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kokin/kanajo.htm
- 此処に,古の事をも,歌の心をも知れる人,僅かに一、二人也き。しかあれど,これかれ,得たる所,得ぬ所,互ひになむある。 斯の御時より此の方,年は百年余り,世は十繼になむ,なりにける。古の事をも,歌をも知れる人,詠む人多からず。今,此の事を言ふに,官位高き人をば,容易きやうなれば入れず。其の他に,近き世に,其の名聞こえたる人は,即ち:
- 觀夫奈良當代,雖盛況如此,能在古風,而得歌趣者,纔一二人而已。且其長短不同,得失各異,論以可辨。自彼至今,年愈百餘,世過十繼。在於近代,知曉古事,通達和歌,且能賦之者,其數不多矣。不佞今將論之。然今輙論位高之人,恐有流於輕率之失,故不予列之也。自餘,聞名近世者,是即:
- 僧正遍照は,歌の態は得たれども,誠少なし。喩へば,絵に描けるを女を見て,徒に心を動かすが如し。[《浅緑糸よりかけて白露を玉にもぬける春の柳か》。《蓮葉の濁りに染まぬ心もてなにかは露を玉とあざむく》。《嵯峨野にて馬より落ちて詠める,名にめでて折れるばかりぞ女郎花我おちにきと人に語るな。》]
- 在原業平は,其の心余りて,辭足らず。萎める花の,色無くて,匂ひ残れるが如し。[《月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つはもとの身にして。》《おほかたは月をも愛でじこれぞこの積もれば人の老いとなるもの。》《寢ぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな。》]
- 文屋康秀は,辭は巧みにて,その様身に追はず。言はば,賈人の,良き衣着たらむが如し。[《吹からに野邊の草木のし折るればむべ山風を嵐と言ふらむ。》深草帝の御国忌に,《草深き霞の谷にかげかくし照る日の暮れし今日にやはあらぬ。》]
- 宇治山の僧喜撰は,辭かすかにして,初め,終はり,確かならず。言はば,秋月を見るに,暁雲に遇へるが如し。[《我が庵は都のたつみ鹿ぞ棲む世を宇治山と人は言いふ也。》]詠める歌,多く聞こえねば,斯れ此れを通はして,良く知らず。
- 宇治山僧喜撰,其詞華麗,而首尾停滯。如望秋月而遇曉雲。。[《我が庵は都のたつみ鹿ぞ棲む世を宇治山と人は言いふ也。》]詠める歌,多く聞こえねば,斯れ此れを通はして,良く知らず。
- 小野小町は,古の衣通姫の流也。憐れなる様にて,強からず。言はば,良き女の,悩める所あるに似たり。強からぬは,女の歌なればなるべし。[《思ひつつぬればや人の見えつらむ夢と知りせば醒めざらましを。》《色見えで移ろふ物は世中の人の心の花にぞありける。》《詫びぬれば身を浮き草の根をたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ。》衣通姫の歌,《我が夫子が来べき夕也笹が根の蜘蛛の振舞ひ今宵著しも。》]
- 大友黒主は,その態,いやし。言はば,薪負へる山人の,花の蔭に休めるが如し。[《思い出て戀しき時は初雁の鳴きて渡ると人は知らずや。》《鏡山いざたちよりて見てゆかむ年へぬる身は老いやしぬると。》]
- 大友鄢主,頗有逸興,而體甚鄙。如山人負薪之息花前也。。[《思い出て戀しき時は初雁の鳴きて渡ると人は知らずや。》《鏡山いざたちよりて見てゆかむ年へぬる身は老いやしぬると。》]
- 此の他の人人,其の名聞ゆる,野邊に生ふる葛の,這ひ広ごり,林に茂き木の葉の如くに多かれど,歌とのみ思ひて,其の態知らぬなるべし。
- 此外,氏姓流聞者,如野邊漫葛、茂林木葉,其數不可勝計也。然彼皆以艷為基,不知和歌之趣者也。
只今翻訳中。紀貫之の六歌仙論。時間がないので今は本文のみ翻訳して、古注の所は未だ訳してません。
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